05年夏「この子たちの夏」
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  03年日本公演おっかけ記
 
とりくみ(日程)
 

 
2003年5月、ユーゴザーパド劇場は日本公演にやってきた。

 ブルガーコフ作「巨匠とマルガリータ」、シェークスピア作「夏の夜の夢」、チェーホフ作「かもめ」の3本を持って、所属するほとんどの俳優・スタッフがやってきた。


 5月6日午前、成田空港到着から6月16日昼の帰国まで、できるかぎり、彼らの芝居を見て、シューラからいっぱいロシア語を教えてもらい、いくつか日本をご案内した。



 平たく言えば「追っかけ」をいたしました。もちろん、この間も普段どおりに仕事と家事も、こなしていた。よくやったものです。
 ものすごくおもしろかった。なによりも、ロシア語会話に自信がついた。いくつもお互い理解が出来ない場面や、専門家通訳にお願いした場面もあるが、私の得意の体当たりロシア語で、大阪・神戸・京都・岐阜・名古屋そして東京へと、追っかけた。
 


5月6日(火)
 昼ごろ私の携帯電話がなる。「いま成田に着いたよ」(もちろんロシア語)とシューラの声。待ちに待った電話だ。
 03年1月モスクワへ行ったとき、日本のテレフォンカードと私の携帯番号を教えてきた。以降に送った手紙にも、「成田から電話をして欲しい」と書いておいた。
 彼らはすぐに大阪市内へ移動する。今夜、大阪で会う約束をした。

 夕方、新大阪駅に到着した私は、「もう、彼らは宿舎に着いて、ほっとしているころだろう」と、思いながら、でも、急いで駅構内を歩いていた。ホームからの階段を下りてくる外国人集団を見た。あれ?どこかで見た人たち……、ユーゴザーパド劇場のご一行様ではありませんか!!
 演出家ベリャ―コビッチ氏はもちろん、もう何度もモスクワの劇場でお会いしている俳優達。でも、シューラの姿が見えない……。と、どこにいたのか、急にそばに立って笑っている。あれ?シューラってこんなに背が高かったのか?いままでモスクワで会っていたから、周りみんなが大きい人ばかりだったから、シューラの大きさがわからなかったが、ここ日本で見れば、すごく大きい人だ。「よくいらっしゃいました」。シューラに会うのは、たった4ヶ月ぶりだが、再会はうれしい。そのままいっしょに、彼らの大阪市内での宿泊先のホテルまで行く。

 夕食をいっしょにする。「何が食べたいの?」「ラーメンだよ。日本ではラーメンだよ」。
商店街のごく普通の食堂へ入り、「ラーメン」「うな重」「ビール」を平らげる、相当空腹のシューラだった。その食べっぷりは痛快。
 店のテレビは野球中継をしており、「ぼくら野球は知らない」と興味なさそう。座敷とテーブル席がある日本の普通の食堂が「おもしろい、ここは日本だね」。

 モスクワから日本へやってくると、時差が夏時間で5時間日本が早い。日本の夜は、彼らには、「まだ、これから」という時間。食事後すこし商店街を散歩する。彼らは、食事のあとは、ゆっくりコーヒーか紅茶を飲むのが、習慣なので喫茶店に入り、コーヒーと甘いものをまた食べる。
 店内をきょろきょろしながら「日本だね」。壁のメニュー写真やテーブルのメーニュ―写真を見ながら、「毎朝ここでコーヒーを飲もうかな。これって、指差せばいいよね」。と笑う。
 そして、前回日本へきたときに「コーヒー」と言っているのが通じなかった話しをしてくれる。
似たような話しは、私もある。だれでもある。笑い話のうちは良いが、とんでもない誤解になることもある。でも、それはまた、どうしようもない。

 さすがに、眠くなったようです。「飛行機の中では、まったく眠らなかったんだ」。先週から、日本へ行くことがうれしくって「ずっと睡眠不足」だったようです。なによりも劇場では、出発直前まで公演があり、いろんな準備も俳優総出で、きっと忙しい毎日だったのでしょう。
 ホテルまで送り、甘いお菓子、紅茶パック、彼らの必需品の砂糖を渡した。

    

7日〜9日

 彼らは、尼崎ピッコロシアターで、舞台稽古に入っている。
私は、名古屋で普段どおりにしている。



 10日(土)

 午後2時半から「巨匠とマルガリータ」公演:尼崎ピッコロシアターで。
 朝名古屋を出て、大阪へ。「巨匠とマルガリータ」は日本語訳原作を読んだが、1度読んだだけではよくわからなかった。ソ連時代のモスクワ、悪魔、2000年ほど前のキリスト処刑のエルサレム、精神病院、作家と愛人、劇場の内と外そして…。原作ドラマの舞台は場所も時間をあちらこちらへ行きながら、壮大なスケールで人々の苦しみと解放のときの喜びを表現している。もっと読み解きたい。ものすごく魅力を感じる。だからきょうの舞台を楽しみにしている。

 きょうは終演後、俳優仲間とこれまでシューラと会っている日本人たちとその友人達とで、桜井さん宅で、歓迎パーティを催すことにしていた。していたという過去形となったのは、昨日、シューラから「芝居が終わってからは、用ができてしまった。パーティは難しい」との電話があり、準備していた桜井さんも慌てたが、私も慌てた。

 そんなことで気をもみながらお芝居を見ていた。やはり大きなスケールの話しをそのまま大きく表現するユーゴザーパド劇場はすごいなあ。俳優達は少々緊張気味ではあるが、ぐんぐん観客を引っ張って行く。

 終演後ロビーでシューラを囲み、名古屋、北九州、徳島、岡山、大阪から集まったシューラのお客様=私の友人達に挨拶をして、いっしょに写真に収まったりした。

 シューラは、「桜井さんの家に行きたい。(俳優仲間の)マクシムも連れて行きたいから、待っていてくれないか」と言う。外で彼らの公式行事の終了を待ち、その後、桜井さん宅へ移動する。
短い時間ではあったが、シューラもマクシムも喜んでくれた。マクシムは桜井さんのピアノの前に座り、軽やかにピアノを弾き、私たちを喜ばせてくれた。「シューラ、あなたはピアノを弾きますか?」と聞けば、「僕は弾かないよ」。いやあ、本当はきっと弾けるはずだと、私は思う。


そして、明日の夜もう一度、桜井さん宅で、パーティをやりなおすことにした。
 明日はシューラ、マクシム、オリガ、レウーシンの4人で、「宝塚大劇場」へ行くこととした。
   
          
      


 11日(日)
 きょうの公演「かもめ」にはシューラは出演しない。だから、「宝塚へ。女優ばかりのお芝居を見に行こう」と誘ってある。俳優仲間もいっしょに。

 大阪市内から宝塚までの電車内では、みな大喜びをしている。「〜〜〜デス」という日本語が耳に着くのか、彼らは車内放送が入るたびに「デス」「デス」と言いながら笑っている。
モスクワには山がないから、山(と言っても小高い丘のようなもの)が見えたら女優オリガは「うああ〜〜、山だよ」って喜んでいる。

宝塚は、私も久しぶりで、日曜日で満員の大劇場に驚いた。シューラと私は1階の後ろの席、マクシムたちは2階の席。俳優彼らが、この日本の有名劇場をどのように見るのか、私も興味津々です。シューラはロビーのテレビ画面が流していた公演ビデオを見て、めざとく「あれ、マイクをつけている」と言った。続けて「ぼくらはマイクは必要ない」とも。

 大舞台の素早い転換には驚き、声をあげているシューラ。途中カメラを取り出したので「ダメダメ」と手で押えれば不満そうだった。後で聞いた、2階席のメンバーは、狭い席で、近くの空いている席に変わろうとしたら、係りに怒られたようで、「空いているのにヘンだね」。
 舞台幕に使われていた紗幕に女優オリガは、興味を持ったよう。「検察官」で主演を演じているレウ―シンが言うには、「演出家が同じ体系の女性ばかりそろえているのはおもしろい」そうだ。
 私は、私で、舞台の音楽が民謡調となったときには、心がほっとする。「日本人として身に付いている音楽なんだ」と納得していた。

 



 終演後はまた、桜井さん宅へ。きょうは通訳に、昨日いっしょに芝居を見たロシア人留学生とその友人で大阪に住むロシア人女性も参加して、とても賑やかです。

 俳優たちは、まだ時差や環境への順応が十分ではないようだが、みんなくつろいでくださった。シューラは、「魚がある」とお刺し身を喜んでいる。
 俳優たちがお酒を控えていることがわかる。彼らはワインもビールももちろんウオッカも大好きだが、旅公演中のこと、それにまだはじまったばかり。ワインを軽く飲むだけだった。

 


 桜井さんは、ご自宅のスタジオで、インド舞踊も披露してくださり、みな大喜びだった。俳優達は、カメラを向けるとすぐにポーズをとって、笑顔を見せてくれる。
 楽しい夜だった。たくさんのお料理を用意してくださった、桜井さんに感謝申し上げます。
 遠来のお客様も大喜びで、夜の大阪市内へ電車を乗り継ぎ戻った。





 5月14日(水)

 彼らは大阪から、愛知県豊橋市へ移動し、「夏の夜の夢」を2日間3ステージ公演する。終演後の時間、豊橋へかけつけた。公演会場から彼らの宿泊所までを歩いたが、道を間違えてすごく遠回りをして、シューラは不機嫌になった。

 おまけに、俳優のいく人かが、疲れが出て声がでないとか。
 これは決して豊橋が悪いということではなく、私たちが、外国劇に対するなじみが薄いと、言うことだが、「日本人はなぜ、笑わないのか?『夏の夜の夢』は喜劇だ。もっと笑って欲しい」と、俳優の不機嫌はこれも原因だった。私はこのときは芝居を見ていないので、俳優が言うことと観客の感想の違いはあるだろう。
 しかしね、外国語に対する緊張はこの日本では、相当なものなんだが…。イヤホンガイドも普段使わないので、なかなか扱いが難しいし…。俳優はそこはわかっていない。
 ちょっと気の重い豊橋だった。



5月17日(土)

 また、大阪へ戻ってきたご一行さま。

 午後、大阪労演の例会にて「夏の夜の夢」公演を見る。それも一番前の席で、裸同然の役者の大活躍にハラハラしていた。
 
 いっしょに見るのは、やはりユーゴザーパド劇場大好きな、ライオネルさんと桜井さん、あこちゃんもかけつけてくれる。

 終演後は、俳優も荷物を運んだりして片付け、電車に乗って神戸へ移動する。あこちゃんもいっしょに、神戸に泊まるから、今夜はみなで神戸のおいしいものを食べよう。

 土曜日の夜の神戸の繁華街で、通りがかりに入った静かな店で、魚料理を食べる。どれも珍しい様子で、注文の品が来る度に、「これはなんだ?」「きれいなものだ」「美味しいなあ」。お刺し身も野菜の煮物もお箸を使って食べる。飛び込んで入ったお店だったが静かな雰囲気でとても満足する。

 シューラは「モスクワの家族・友人に日本の食べ物を見せたい。写真を写して欲しい」。が、私はお気に入りのカメラを、ホテルにわざわざ置いてきてしまった。あこちゃんが、店の近くのコンビニへ走ってくれて、写真が写せた。うれしそうなシューラの顔。

   通訳はいなくとも不自由せずに一応会話している私たち。あらまあ。なによりも、シューラの耳の良さだと思う。私たちが言うことをしっかりいつも聞いている。
 
 ロシアの演劇大学の俳優課で、4年間母国語のロシア語をみっちりと学んできた人です。私が下手なロシア語で言っても、それを聞き分けてくれる大きな心を持っている。表現者として、相手の心を受け止める技も習得している。


  写真*食べる、食べる !!


 私は、知っているロシア語単語を並べるだけの会話だが、「もっと話しなさい」「間違っていても良いから、話すことだよ」と言ってくれる。
 そして、話し出すまでを待ってくれるのは、うれしい。

 私もシューラのロシア語が聞けるのがうれしくってたまらない。多くはないが、知っているロシア人の中のだれよりも、わかりやすい言葉と音で話してくれる。ついでだがシューラは字もお上手です。

 お酒の後もやはり、甘いケーキが食べたいシューラ。喫茶店で紅茶とケーキを食べる。甘いものを食べなければ食事は終わらないのが、彼らの食生活なのでしょう。

 大満足の神戸の夜だった。明日から神戸労演の「夏の夜の夢」がはじまる




5月18日(日)
 
 神戸労演で午後3時から「夏の夜の夢」を見る。配役が一部かわっているのは、やはり声を傷めた俳優がいるからか。シューラも喉に不快感があると言う。「のどの薬が欲しい」と、モスクワで売っている商品名だろうか?書いてくれた、「これが欲しい」。よくわからないので、劇団通訳のHさんに聞く。「のどスプレーのようなものでしょう」。神戸の繁華街の薬屋で「声を傷めた俳優に渡したい」と言えば、親切な薬剤師が、「これがおすすめです」と出してくれたスプレーを買い、俳優に渡した。
 
 終演後は、神戸労演の交流パーティ:写真↓に、参加した。ここには、神戸在住で、ちょっと前までモスクワに留学していたAさんも駆けつけて、俳優仲間と楽しい交流のひとときだった。Aさんとシューラと私は、Aさんご推薦のお店でまた、ラーメンを食べた。
 
      


5月19日(月)

 きょうは、彼らはオフの日です。私もこの日は休暇をとり、シューラを神戸観光に連れ出す予定だった。が、シューラはのどを守るために「ゆっくり寝たい」。私は昨夜のビールの所為か?時々腹痛が襲ってくる。あまり良いコンディションではない。

 劇団のメンバーのほとんどが、「海へ遊びに行く」と言って、午前中ロビーで賑やかに集合して出かけて行った。

 暑い日だった。午後、シューラと会って、神戸散策。まずは神戸港へ。「日本らしいところで写真をたくさん写してほしい」ということで、私のカメラでも彼のものでも、写すが、俳優はとても慎重でうるさい。「ここは背景が悪い」「まぶしい」「こちら向きが良い」など注文の多い被写体です。
 繁華街へ行けば、彼は日本で見たいもの、買いたいものがいくつもあるようで、そのひとつに、「きれいな日本の茶器が見たい」と言う。
 デパートへ入って、「Noritake」の茶器を見た。「きれいだなあ。高いなあ」。しばらく眺めていたが、買わなかった。
 少々不調な私は、「早く帰りたい」と言えば、とても心配をしてくれる。「言うのではなかった。心配かけることになってしまった」と内心反省をした。腹痛でも空腹なので、「暖かいものを食べよう」と中華料理店へ。ここは大失敗のまずい店だった。「おいしくない」(もちろんロシア語で)と小さな声で言ったシューラだった。
 本当はもっとゆっくり神戸を案内したかったが、私はつらくて、とうとう、「もう帰る。名古屋は遠いから。また、今度会いましょう」と言ってわかれてきた。



5月20〜24日

 火曜日から土曜日、彼らは、神戸公演、奈良公演、そして京都へ移動していた。私は行かない。
 奈良から電話をくれた。「奈良公園でみんなで散歩をして気分がよくなったよ。奈良は良い町だね。京都で待っているよ」と。

    

5月25日(日)
 
 日曜日の午後は、京都労演の「夏の夜の夢」を見る。声の調子、生活リズムも戻ってきたようで、安心する。芝居は、見るたびに微妙に違う演技と、貫いている演技とが、わかる。
 
 終演後の夕方、「ストエンショップ」と彼らが呼ぶ、「100円ショップ」へ寄り、「5本指靴下」を買う。5本指靴下がお気に入りです。

 「日本はなんでもどうしてこんなに高いのですか?」「僕達はストエンショップでお土産を買うから」とも。
 
 軽く飲みながら夕食をとる。どうも、きょうのメニューは満足いただけないようだ。豆腐は「なんだ、これ?まずい」としょうゆをたくさんかけていた。上品なコロッケは「小さい、これで全部か?」
 のどのためにと冷えた飲み物は口にせず、ビールも冷えていないものを注文していた。

 先斗町を歩く。私の歩き方が「早い」と言われてしまう。「散歩しているのだから、もっとゆっくり歩きなさい。どうして早く歩くのか?」なんの理由もない。いつもどおりなんですが……。

 途中で、店のウインドウ―にマトリョ―シュカがならんでいる
ВОДКА БАР  НАКАНИСИ (ロシアバー中西)を見つけたシューラ。きっとお国の臭いがしたのか、「ちょっとだけ寄ろうよ」と、ドアを開ける。
 ロシアバルチカビールを美味しそうに飲み干していた。店員の男性の出身地キルギスのある町が、なんとシューラのママの出身地と同じで、すっごく喜んでいた。「また、日本へ来たらきっとここへ来るよ」。

 京都の四条の繁華街が「アメリカみたい」と言う。アメリカへの公演も経験している俳優なので、するどく、日本の古都のおかしさを突いてきた。そして、アメリカの店、スターバックでコーヒーを飲み、きょうはおしまいです。




5月27日

 いよいよ、京都から岐阜へ移動している 
 岐阜市での終演後は、私の友人でロシア語をちょっと学んでいたという、T子さんといっしょに、夜の長良川がよく見える、T子さんが用意してくださった日本料理店で、夕食をいただく。器のきれいさに驚いていた。そして、「みんな小さくって、少しずつで、日本は小さいものを食べるんだね」。

 旅から旅で、おまけに日本の地理もよくわからないから、自分が居るところがどこなのか理解できていないし、理解する必要もないようだ。ただ、各地のホテルは「狭いなあ」。たしかに、身体の大きい彼らには窮屈でたまらないことでしょう。

 T子さんからいただいたおみやげを「モスクワに持って帰りたい」と言ったが、あきらかに生菓子だったので、「それは無理だ」と伝たえたが、果たしてどうしただろうか?

   

5月29日

 岐阜から名古屋へ移動したお昼頃、電話をくれました。「とうとう、名古屋に来ました。今夜は散歩しましょう」。

 私の地元名古屋においでくださった、ご一行さまへ、歓迎の気持ちをこめて、甘い甘い特製ケーキを差し入れた。近くのケーキ屋さんでこの日のために、特別に作ってもらい、甘くしてもらい、おまけに会場の楽屋まで運んでもらった。



 名古屋演劇鑑賞会5月例会は、私の事前宣伝効果もあったのか?会場はほぼ満員で、みなとても楽しくロシアの劇団の「夏の夜の夢」を見ている。
 私も、いつもの会場=名古屋市民会館中ホール=の舞台にシューラが立っていると思うとうれしくってたまらない。

 誘い合わせた友人たちとともに、終演後「名古屋へようこそシューラさん」パーティを開く。
 まったくよく食べる俳優です。たしかに、3時間の舞台は、肉体労働で、きっと昼間も仕込みや稽古であまり食べていないのではないかしら?
 
 食事も満足して、名古屋の繁華街、栄を歩く。この間私のロシア語がぐんぐんと力がついているのが自分でもわかる。シューラとのやりとりもここでは日本語で書いているが、すべてロシア語でなんの不自由もない、わけではないが、不自由は感じない。

 テレビ塔下の栄公園に「亀がいる」と、興奮している。昼間、劇団仲間と歩いたときみつけたとかで、「名古屋は公園に亀がいるだね」と喜んでいた。「日本は亀が好きなのか?」と聞かれたが「私は亀が嫌いだ」。不思議な顔をして笑うシューラです。

 ホテルまで送る。「明日は、2回公演で、いやだなあ」と言っている。本拠地のモスクワの舞台では、公演はほとんど一日1回だけだが、朝早くから稽古をしたり、他の劇団へ行ったりしているから、長時間の拘束が決して特別なことではないと思うが、旅公演での2公演は、ちょっとやはりきついことでしょう。
 「明日も夜、見に行くからね」。といえば「うれしいね」。私もうれしい、毎晩シューラのお芝居を見ることができるのですもの。



 5月30日(金)
 
 2ステージの間に昼食を摂りに外へ出るのは、難しい彼らです。メイクや衣装のこともあるが、なによりも、会館の周りになにがあるのかもわからないし、たとえ食堂があっても、彼らだけで入ったって何を注文したらよいのかわからないだろう。
 
 きょうは、俳優とロシア人スタッフのために、1回目と2回目の公演の間に、お弁当を差し入れた。某食堂で「ご飯は大盛りに、ナマものは避けて」の特注弁当を作ってもらい、これも楽屋へ配達してもらう。

 夜の部の「夏の夜の夢」を見る。日本で6回目の鑑賞。お弁当が効いたのか?みな、動きが、きりりとしている。今までで一番良い出来だ。

 昨日、シューラは「もっと芝居をしなさい」と、厳しい演出家のベリャーコビッチ氏に言われたとか。「ベリャ―コビッチ氏は厳しいよ。毎日稽古ばかりだよ」とも。毎回見るたびに微妙に俳優の動きが違う。シューラも決められている動きのラインを、自分の動きで味付けしていることが、よくわかる。

 良い出来だった芝居の終わりは、会場からすごい拍手。観客も俳優もみんなが大感動している。よかった、私の地元名古屋で、大成功で、うれしい!!

 終演後は、これまで、私といっしょにモスクワへ行きシューラと会っている、なかさん・富子さんとで、鳥鍋を囲みながらシューラを歓迎する。みなでご機嫌な夜だった。

 ホテルまで送る途中で、インスタントコーヒーを買う。「日本のコーヒーは香りが良いから好きだ」そうだ。たしかに、モスクワのコーヒーはなぜか、香りがない。そして、シューラは私へと、キャンデーを贈ってくれた。
2ステージ公演でお疲れの俳優はさっさとホテルへ戻って行った。

5月31日(土)
 午前10時、名古屋発新幹線で、東京へ移動するのを見送る。なんだか、悲しかった。まだ、東京で会えるのにね。
 彼らは、東京で8日間の公演をする。きょうも着いたらすぐに稽古に入ると言っている。

      


6月1日〜6日 

 劇団は、東京公演中。私は普段の生活。
 その間にシューラは、毎日新聞の取材を受けていた。


  

 ちょっと汚くなってごめんなさい。
   毎日新聞朝刊 2003年6月 26日 全国版掲載 



6月7日(土)

 東京天王洲アートスフィア劇場での「夏の夜の夢」を見に行く。夕方の終演後は、彼が楽しみにしているデイズニーランドへ行く約束の実行日です。

 この日は、東京公演での「夏の夜の夢」最終日で、午後1時半開演で、4時には終わるので、シューラがディズニ―ランドへ行くと同じように、俳優たちも、週末の東京の夜を楽しむ計画があるのだろうか、芝居が早い。

 名古屋での公演と比べたら、日本語をところどころへ入れるせりふも、すっ飛ばしているし、動きもあれれ?と思うほど。こういうときもあるのが芝居だ、と私は思う。

 終演後、いざ、ディズニーランドへ。雨の心配もなく、夕方の公園を歩く。写真を写すのも忙しい。あちこちでポーズをとる俳優だから。
 彼は空腹だったようでモスクワから持ってきた「種」菓子を割りながら、歩いている。リスのように、前歯でぷちっと割り、最初は3回1回くらいは、私にも回してくれたが、後は、10回に1回回ってくるかどうかとなり、とうとう、立ち止まって夢中になって食べている。

 アトラクションなどに並んで待つはの「イヤ」と言うので、空いているところを体験しに行くが、どれも夢中となっている。
 パレードは、いっしょに参加したそうだ。参加するのではないかと、私は冷や冷やしていた。すごくうれしそうだった。ライフル銃で的を撃つ遊びは、全部の的を簡単に打ち落としてしまった。満足満足。


 お土産はどれも「高いなあ」。でも、可愛いお人形を買っていた。シューラと同期の看板女優カリーナが「ディズニーランドへ行きたい」と言ったが、彼女は毎日忙しいから来れない。なにかお土産を買ってプレゼントしよう。可愛いミニーちゃんを買って、「渡してあげて」と言えば、「いやいや、君が渡すべきだよ」。

 ミニーちゃん人形、は明後日お見送りに行く時に渡そう。
 ディズニーランドを出て、JRの駅のポスターを見てさわぐシューラ。「ディズニーシーへも来てね」のポスターに「明日ここへ行きたい」。



6月8日(日)

 彼らの宿泊先へ迎えに行き、まずは秋葉原へ。
 私は秋葉原のことをなにも知らない。それをシューラに言えば「僕が君を連れ行く」とのことで、きょうはモスクワッ子に東京秋葉原を案内してもらう。
 買い物を済ませてから、急に行く事を決めた「ディズニシー」へ、こんな予定になった。

 秋葉原ではシューラは自分用の腕時計と、親友のマラトDへのおみやげを買いたいと言う。
 旅公演も多い役者なので、アラームつき、カレンダーつき、大型画面?の時計が欲しいという。もともと買い物をするのに、時間がかかる人だから、覚悟はしていたが、慎重に選び、悩み、また迷い、やっと決めた。それは時間をかけて探しただけあり、すっごくお気に入りで歩行者天国の秋葉原の町で踊ってしまった俳優だった。しかし、空腹でたまらない私たちだった。

 「何を食べますか?」「ラーメンだよ」。……またあ?「いやか?
じゃあ、魚が食べたい」とのこと。
 横断歩道を渡ったむこうに、まぐろ料理店があり、そこへ行く。鉄火どんぶりを食べながら、芝居の話しになる。
 俳優は、チームワークの仕事で、自分がとても順調でも、いっしょに舞台に出る仲間が不調では、出来が大きく変わってくる。
 昨日、東京公演最後の日だから急いだ芝居をしているようだったが、俳優のひとり○○がせりふも動きも悪く、みんなの足を引っ張ってしまったようだ。
「ベリャ―コビッチ氏は厳しい。僕も厳しいよ、○○は東京でみんな悪いよ」。

 外国で長い間、集団生活の仕事をしていると、それぞれいろんなストレスを抱えるのは当然で、シューラの厳しい言い方もストレス表現のひとつだろうと、受け取った。
 日本へ来てちょうど1ヶ月。そろそろ家に戻りたいみんなでしょう。ロシア語のテレビやラジオ、新聞も本も見聞きしたいだろうし、なによりもご家族に会いたいことでしょう。

 ディズニシーでも、はしゃぐシューラ。アトラクションをいろいろ乗ったり、見たり。「山へ登りたい」とジェットコースター風アトラクションには、「君は待っていなさい」とひとりで行ってしまった。 降りてきて興奮して、「君は行かなくってよかったよ。スピードがこうやってね、早くって、途中でこんなのがあってね」とお得意の身体を使っての表現は、周りの人たちも笑いながら見ていた。俳優ですからネ。

 夜の海のパレードや花火も楽しむ。お土産屋を覗いたが、「みんな高いよ」。たしかに、秋葉原で、お土産はずいぶん買ったのですから…。

 いよいよ明日は、彼らは仙台へと移動します。さすがに私は仙台までは、行くことができないので、明日の朝のお見送りで、来日公演追っかけも終わろうとしています。



 







6月9日(月)

 劇団ご一行の移動は、大型トラックに芝居用道具はもちろん、俳優達の大型荷物も載せて移動する。
 朝、彼らの宿舎前は荷物が出されて、大騒動している。最初に会った時に比べて、シューラもそうだが、みんな荷物が格段に増えている。楽器を買った人や、釣具を買った人や、どうしたのかサボテンを持っている女優もいる。

 大型トラックは満杯の荷物を積み、劇団員と日本人スタッフらは、大型バスで一路仙台へ向かう。
 
 女優カリーナさんにディズニーランドのお土産を渡した。「毎日舞台で忙しいから、うれしいわ」と、とても喜んでくれる。

 みなバスに乗り込み、お別れです。「また、モスクワで会いましょう」と言えば「僕、すぐにね、日本へ来るからね」と言うシューラです。

 


                  看板女優 カリ―ナさんと

ありがとう、とても楽しい1ヶ月でした。忙しかったが、ロシア語も含めていろんなことを教えていただき感謝している。「さよなら、ありがとう」。


6月10日〜15日

 仙台演劇鑑賞会の「夏の夜の夢」8回公演。途中ホテルへ電話をして、様子を聞くと「仙台は多くのお客様がきてくれる。ホテルも広い部屋だよ。毎日散歩している」とか、順調に残りのステージを仕事しているようで安心する。
 日本で写した写真がとてもたくさんあり、宅配便で仙台のホテルへ送った。


6月16日

 とうとう、モスクワへ出発する時間。前夜、成田のホテルからだろうか、電話をくれた。「ちょっと疲れたよ。すごい荷物で、明日は朝早くから忙しいから、もう、今夜『サヨナラ』を言う」と。
 いろんなことが次々思い出された。楽しかったことばかり。シューラはもちろん、劇団のみなさんの顔が浮かんだ。良い人たちばかりです。
 
 無事にご帰国されますように。さようなら………。