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 ロシア旅日記(8回目)

  2003年10月11日〜20日

  秋のモスクワ

        
 

 美しいと言われるモスクワの秋を楽しみたい。エレーナに私のコレクション貴重品うちわを手渡したい。シューラ主演の「結婚」が観たい。
長期休暇を秋・10月にして、また、モスクワへ出かけた。
 はじめての海外ひとり旅です。
 モスクワでは、日本人どなたにもお願いせず、シューラとその友人で運転手で働いてくれるマラトDと、St.Peter.からやってくるエレーナの3人が私を助けてくれるだろうから、大丈夫です。












   左から、俳優シューラ。 中、サンクトペテルブルクからやってきたエレーナ。右、「運転手はまかせろ」のマラトD。
        
3人は日本語はまったく出来ない。


 2003年10月11日
 
 いつもどおり、エムオーツーリスト(株)へすべて手配はまかせてあり、安心。アエロフロートは12時20分成田を飛びたつ。機内のヒマの時間は、本を読むか、眠る。モスクワ到着はモスクワ時間午後5時30分。
 きょうは、シューラが芝居の出番はないからと、迎えに来てくれる。運転手は、もう3回目のマラトD。気温は2度。名古屋の真冬だが、私の着ているのは、名古屋の“秋”の服。でも、帽子と首にはシルクスカーフをしっかり巻いておく。
 

 ひとり旅なので、何よりも安全・静かなホテルをと、さがしてもらい、修道院の中にある、ダニロフスキーホテルを予約した。
 
 ホテルの位置がわからないと、運転手が言う。修道院はわかったが、ホテルはどこ?ホテルと修道院の間は、以前はつながっていたようだが、いまはしっかり塀に囲まれて、道路側にある門扉がホテルの門とはわからなかった。すっかり暗くなった町で、マラトDはホテルの入り口を探すのに困っていたが、実は何度もそこは通っていたところだった。

 部屋は東を向いた、4階。庭の景色が一望で修道院の丸屋根もすぐそこに見える。静かなとても静かなところで、うれしい。巨大ホテルではなく、小に近い中?ってところ。

 


 写真*美しい秋のホテルの庭。向うに見える丸屋根は修道院





 まずは、ホテル内の軽食堂で、私はビールを飲み、シューラたちはお茶を飲み、旅の打ち合わせをする。もちろん、会話はロシア語。シューラもマラトも、とても優しい言葉で、ゆっくりしゃべってくれる。私の言うことも、しっかり聞いてくれる。とても安心です。きっとこの旅も、旅の神様に守られて楽しいものになるでしょう。



 10月12日
 
 テレビの天気予報は「モスクワは10度Cです。雨も降ります」。きょうは午前中ゆっくりし、夕方からの芝居にそなえる。
 このホテルの朝食は、静かなレストランで、暖かいお料理は、7つの選択肢から選ぶという贅沢なもの。毎日日替わりにしてみよう。で、きょうは「チーズ焼き(チーズ入りクレープみたいなもの)」。ああ、美味しい。サービスも、しっかり、さらりとしていて、気持ちが良い。


 マラトDが午後迎えに来てくれて、シューラの家へ。奥様とママにごあいさつに行く。ママのママ、つまりシューラのおばあちゃんにはじめて会う。80歳とか。ピンクのセーターとキラキラのピアスが、「歓迎の気持ち」と受け取りました。シューラのママはぺリメニをたくさんごちそうしてくださり、いっぱいいただく。

 今回は、通訳はなし、私の語学力だけがすべて。でも、なんとかなるものですわ。心と心だと思う。マラトDが、私の拙いロシア語を普通に通じるロシア語にしてくれるので、80歳のおばあちゃんともなんとかお話しできた。
 
 「もうすぐに葉っぱが全部落ちて、すぐに冬が来ますよ」って、木々が語っているのが聞こえる。室内には、すでにセントラルヒーティングの暖房が入っている、部屋の中は暖かくって、半そでシャツでも大丈夫だが、外は、地元の人たちは、冬コートを着るのはまだ「早い」が、「もうすぐ着なければ」と準備をしている、そんな秋の終わりの季節です。
        (写真*秋の終わりのモスクワを見る俳優))



 10月13日

  St.Peter.から、エレーナがモスクワに私に会いにやってくる。ホテルの部屋で待つと約束より少し遅れて彼女はニコニコをやってきた。
 あいさつもそこそこに「友だちに電話をしなければ」「仕事の電話もしたい」とかで、モスクワ市内あちこちにまず電話をしている。
 
 シューラも車でやってきて、私たちは「赤の広場」の脇にある「ロシア国立博物館」へ行く。解説は、St.Peter.国立民族学博物館修復学芸員のエレーナと、ロシアが誇る舞台俳優、シューラが交代で私へ簡単な言葉を選び伝えてくれる。なんという贅沢なことでしょうか。
 「ロシアの歴史がここにはあるから、しっかり観なさい」「小さな物、古い物は、私たちが修復しているのですよ」と専門家エレーナ。「芝居の衣装に役立つから、俳優も勉強に来るんだよ」とシューラ。また、フランス公演も何度も経験しているシューラは「フランスの博物館も好きなところ。はら、これはフランスから伝わってきた洋服だよ」などと、教えてくれる。
 
 その後、シューラのやや乱暴な運転で、エレーナと私は「夏の夜の夢」を見るため、出演のシューラとユーゴザーパドへ向かう。
    写真:俳優たちは裸。観客はドキドキする。
             愛あふれる「夏の夜の夢」の舞台


 運転手はすぐに、ドィミトリーになるために楽屋へ。エレーナと私は、地下の喫茶で、お茶と軽食をする。
 「夏の夜の夢」は私は日本で7回も見たもの。
 本場の舞台では、若い俳優たちが妖精役を演じている。森の王様役の俳優 レウーシン(写真左の男優)が出演していない。あれ?人気俳優の彼が出演しないのはどうしたのかな?
 でも、俳優たちは実に楽しく演じている。「僕たちの舞台だからね。眼をつぶっていても演じられるよ」と自信たっぷりです。が、決して手を抜くことなどはない。テンポよく話は進み、時間が短く感じられる。
 
 終演後、シューラは「フランスからのお客様」があり、劇場へ残らねばならないと言い、劇場の近くに住むマラトDが、エレーナを彼女が泊まっているホテルの最寄りの地下鉄駅で降ろし、私をホテルへ送ってくれる。




10月14日
 
 シューラはモスクワ生まれのモスクワ育ちで、モスクワ自慢をいくつももっているようで、そのひとつがモスクワ地下鉄です。
 「地下鉄に乗って駅めぐりをしよう」。曇り空のこの日は、夕方から舞台に出演の俳優シューラは、午後2時ごろホテルへ迎えに来てくれた。「昨夜は遅くなったよ。3時に帰ったんだ」と言う。私のロシア語理解力は相当アップしており、シューラが言うことはずいぶん理解できる。シューラがやってきたらいっしょに昼食をしようと空腹を我慢していた私。「お腹が空いた、温かいスープが食べたい」と伝えれば、シューラが「ロシア語上手になったね」と誉めてくれてとてもうれしい。

 地下鉄めぐりは、地図を持って行くのだった。現在地がわからず、駅名も、「あれここはどこだった?」と悩んでしまった。もちろん、シューラは何でも知っている。モスクワ地下鉄といえば、駅ごとに空間の違いや多彩な装飾、彫刻、胸像などがあって、おもしろい。

 平日の午後でも、駅は多くの人が行き交っている。と、ナントその人ごみの中で、シューラも私も知っている日本人男性とばったり会って、とても驚いてしまった。彼は、ユーゴザーパド劇場が来日時の専属通訳 H さん。だからシューラも親しいし、私もいままで何度もお会いしたことがあります。この偶然に、3人で大いに驚き、喜びました。


 夕方の劇場入り時間を気にし始めた俳優は、マラトD運転手を都心の地下鉄駅に呼び、そこから、車で、劇場へ走った。

 きょうの演目は「巨匠とマルガリータ」。ユーゴザーパド劇場人気の演目で、ロシア国内外でも評判になっており、03年5月来日公演に彼らは意気揚揚と持ってきた。私は原作を読んだが、ちょっと難しかった。尼崎ピッコロシアターで芝居を観て、彼らがこの芝居に相当のエネルギーを持っていることを肌で感じた。それから、原作を3回読み、理解できない部分もあったが、2000年の時を飛び越えての壮大なドラマに胸がワクワクして、モスクワでこの芝居を見たいと願っていた。     写真*暗黒を表現する舞台で。
              悪魔に狙われたシューラ演じる劇場支配人



 それが今夜実現する。仕事を終えたエレーナも劇場に駆けつけてきて、いっしょに並んで、長編芝居の世界へと入っていった。ユーゴザーパド劇場俳優総出演、幾通りもの役柄を演じる俳優もいるし、ほとんど裸で悩ましい役の女優もいるし、悪魔役の俳優は、見るからに気味悪い悪魔となっている。俳優も熱演だが、音も光も素晴らしい。
 「巨匠とマルガリータ」は、素晴らしい。ものすごいエネルギーが噴出している。作者ブルガーコフ、演出家ベリャーコビッチ、俳優たち、スタッフ達、それにすごい集中力で芝居を楽しむ観客達も、凄まじいパワーです。だから、途中の休憩時間に私はクラクラしてしまい、トイレで吐いてしまった。2幕目も芝居に圧倒され、目を閉じて深呼吸をしなければならない私だった。
 
 昨日の「夏の夜の夢」には出演していなかったレウ―シンは出演していた。でもちょっと声が苦しそう。シューラは昨日「彼はカゼをひいたから」と言っていたが。

 終演後、観客は心地よい疲労感。俳優は仕事を終えた達成感と疲労とで、口数も少なくなっている。
 マラトDの車に、シューラ、エレーナと私と乗り、みなやや無口となり、マラトDはそれぞれを、送ってくれた。

 10月15日

 秋の終わりのモスクワは、夜明けが8時ごろ。日暮れは午後7時くらい。
 ホテルの近くには、大型スーパーと大きな市場=ルイノックがあり、午前中散歩しながら、それぞれを覗いてみる。スーパーには商品はなんでもあり、客も多い。通りの向かいがわにある市場は、屋根着きドーム建物の中も外も、いろんな商品が売られている。
 肉は大きい塊で、魚はちょっと生臭さが気になる。チーズ類は美味しそう。野菜は緑のハーブ類も多いし、赤いパプリカ、白いキャベツ、黒い土着きジャガイモなど、きれいに積上げて売っている。
 靴下・毛糸・各種鍋・切花など、テントの外の店は、小さな区切りの中に、いろんなものを置いて売っている。きょろきょろ歩くうち、人が急にいなくなった路地に入り込み、慌てて戻り、大通りへ出た。

 ホテルの経営者のダニロフスキー修道院へ寄る。ソ連時代は物置か兵隊宿舎となっていた正教の教会もいまは、復活して、美しくなっている。イコンがたくさん並ぶ大聖堂の中では、アカペラで聖歌が歌われその美しさに涙が出てくる。教会は音楽ホールでもあり、音があちこちに響きあているからより美しくなる。

 エレーナがホテルに午後迎えに来てくれると昨日言っていた。彼女は、モスクワで、修復家たちの勉強会があるようだが、午後はヒマになるって言っていたが…。なにか都合が悪くなったのか?仕方がないので、マラトDに電話をしたら、「すぐに迎えに行くよ」と来てくれた。40分ほど待った。その間にエレーナが来て欲しかったが、彼女はやってこなかった。
 
 きょうもモスクワは大渋滞の日です。ユーゴザーパド劇場へ向かう道もかなり混んでいる。渋滞の中でノロノロとしか走れないマラトD。携帯電話がなる。「エッ・なんだって?」とマラトD。なにか不安がよぎる私。
 が、話の内容まではわからない。ロシア人同士が話し合っていることを理解するのはまだまだ出来ない。「ああ、彼女に伝えるよ」と言い電話を切るマラト。「残念だ。『検察官』はやらない。きょうは「犬たち」に変わった。シューラは出ない」。とマラトが残念そうに言う。
 
 私はきょうの演目「検察官」をどれだけ楽しみにしていたことか。彼らの劇団が日本へやってきた00年9月名古屋でみた「検察官」に、「ああ、ロシアのお芝居がこんなに素晴らしく、心地よいものか」と感動し、シューラを知ったのも、「検察官」のオーシップ役で出演している彼を見たから。
 
 「じゃあ帰ろう」と言いかけた私だったが、渋滞の車の中、あちら側の車線に行くのも大問題なので黙って、車はそのまま劇場へ走った。「『検察官』の主演レウーシンが病気となり、きょうは「犬たち」となったんだよ」と教えてくれる。「そうですか」と元気のない返事をしている私。

 劇場入り口には「きょうは「検察官」から「犬たち」となりました」というようなことが書かれた張り紙がドアに貼ってある。と、エレーナがいるではありませんか!
 「ごめんなさいね、仕事に夢中になってしまったので遅くなってしまい、直接ここへきた」と言う。
 
 エレーナと並んで見た「犬たち」。ごめん。まったく知らない芝居というだけでなく、気持ちが引いており、目の前で名優とよばれる俳優たちが熱演しているが、入っていけない。観客も少なく、突然の演目変更で「出演」となった俳優たちも、時間をこなしている感じ。「ああ、こういうときもあるんだ」ということがわかった。
 
 エレーナも「……、ちょっとね」という顔をしている。短い芝居だったのが救い。

 マラトDは終演時間に合わせて劇場前に迎えにきてくれ、エレーナとともに口数少なく、帰った。エレーナはどこか知らないが「ロシア人のためのホテル」へ泊まっているとか。ダニロフスキーホテルの1泊分は、彼らロシア国家公務員に1ヶ月分賃金と同じくらいだから。



10月16日 

 きょうは、午後、モスクワ在住のS君と会う。彼とは、02年St.Peter.に彼が留学していたとき、エレーナと共に会っているので、また3人で会えるかと楽しみにしていたが、エレーナは仕事が入り、S君も来客があったりして結局、少しの時間、彼の仕事場へ寄って訪モスクワごあいさつをする。元気にやっていてなにより。

 しかし、車の渋滞はすごい。モスクワは自動車交通対策改善がすぐに必要です。排気ガス、駐車場、保険も含めて事故対策などは、一体どうのようになっているのか?運転手のストレスも相当なもの。乗っている私も排気ガスで喉も頭も痛くなる。

 午後4時からマラトDの家にご招待を受けて、はじめてお伺いする。
 22階建て高層住宅の4階の部屋に一歩入ってビックリした。日本のマンション、どこか行ったことがある友人の部屋のつくりと同じよう。「ここはどこかな?」と悩ましく思う。

 きょうは芝居出演のないシューラと妻のターニャさんもやってきた。マラトの妻マリーナさんが用意してくださったチキン料理、ジャガイモやお豆の料理に、ワインやケーキもいただき、ゴキゲンの私。少々酔ってしまったので、意味不明発言をしているのだけれど……。まあ、いいか。
 マラトDがホテルまで送ってくれたのは、午後10時過ぎ、楽しかった。

 
17日

 午前中はホテル近くの町を散歩。毎日少しずつ気温が下がってきていることが肌でわかる。モスクワ市民はまだ毛皮コートなどは着ていないし、帽子もまだかむらない。まだ「秋」なのだから。 

 でも彼らは、もう少しで冬が来るということを楽しみに待っているようです。

 「もうすぐ雪が降るよ」とマラトDもうれしそうに言う。私は、寒くって持ってきた毛皮コートを着る。気温10度以下で、風は時にとても冷たく感じる。私にはすっかり「冬」です。

 午後は、マラトDとモスクワ市内ドライブに出かける。まずは、ホテルダニロフスキーから近い住宅街の一角に、マラトが「幼い頃住んでいたアパートがある」と、一緒に「いまどうなっているかな?」と見にいく。
 マラトが急に足早になって、指差す窓は、いまもだれかが住んでいることがわかる。「ママは幼稚園で働いていて、姉ちゃんは学校へ行くんだよ。僕も幼稚園に行っていた…」など、彼は楽しそうに語ってくれる。

 そのすぐ近くの「ドンスコイ男子修道院」は、日本語ガイドブックにも載っているところ。マラトは「僕は知らない」と言う。ソ連時代は、物置だったのか?すぐ近くに住む市民も入れないし、歴史的建物ということさえ知らされなかったのだろうか?宗教を取り上げられていたソ連時代なのですから。
 マラトDとともに入ったドンスコイ修道院内は、立派に修復され、聖堂の天井からのシャンデリアは素晴らしいものだ。イコンに口付けしながら、ろうそくを献灯する正教信者たち。幼子を連れた女性たちが多い時間だ。

 次はモスクワ大学前の「雀が丘展望台」へ。ところが、「自動車レース」の準備のために入場規制がされて、いつもたくさん並んでいるお土産屋もなければ、見学人も少ない。マラトが「なんだ、残念」。

 「ゴンドラに乗って下の河まで降りないか?」と誘ってくれる。が、恐そうなふたり乗りゴンドラで、「イヤだよ」って言っていたが、秋の景色がきれいでついフラフラと「乗ってみようかな」。

 マラトDとふたり、なんの飾りもない鉄パイプ製ふたり乗りゴンドラに乗る。日本であれば、「安全基準」にきっと反するような、簡単なつくり。だが、ロシアらしく?剥き出しの頑丈さがわかる。

 黄色に色づく木々が多く、きりりとした空気も気持ちよく、楽しくなる。モスクワ河畔に降りてしばらく遊び、またゴンドラで上にあがる。ほかに客もいない、だれともすれ違わなかった。が、秋の夕暮れ近く、ゴンドラは休みなく動いている。


 きょうもユーゴザーパド劇場へ行く。エレーナとも劇場で会う。彼女は、修復専門家講習中のようだ。「とても素晴らしい先生が講師をしている。仕事に役立つ勉強をしている」など元気に語る。

 きょうの演目は「カリギュラ」、これもシューラは出ていない。先日病気だったレウーシン主演だが、もうなんとか大丈夫のようです。昨日、私がマラト宅で遊んでいる時も「カリギュラ」が演じられており、シューラは「レウーシンはなんとかきょうは働いている」と言っていた。まだ本調子ではないようだから、きょうの「カリギュラ」も心配だった。
 

   写真*「カリギュラ」舞台から。
        トタンを丸めたような装置を動かす俳優たち

 幕開きから「カリギュラ」の冷酷さといやらしさと、どこか艶っぽさがレウーシンの好演で伝わる。演出家ベリャーコビッチが得意とするテンポの良さと、最初から最後まで工夫された道具(ここでは半丸にしたトタン板)を俳優が動かしながら、いろんなものに見立て、舞台転換していく手法は見るものを楽しませ、想像を豊かにしてくれる。

 帰りはエレーナを地下鉄駅まで送り、マラトは私をホテルまで送ってくれる道は、毎晩通る道。いつも同じところに、女たちが等間隔に間をあけて、車に向け手をあげている。マラトは「あれは売春婦だ」と言う。もちろん、「売春婦」のロシア語単語などは知らないが、でも、わかる。


10月18日


 エレーナは「プーシキン美術館別館」へ行こうと誘ってくれ、ふたりで地下鉄に乗り出かける。

 シューラもマラトDも私に「モスクワの地下鉄は残念ながら、あなたひとりで安全に乗れるものではない。絶対ひとりで乗らないで」と言う。複雑に路線が入り組んでいるし、車内で時にトラブルもあるし、スリも多いと聞く。エレーナも「夜の地下鉄は怖いわ。昼間も気をつけてね」と私のバッグを持ってくれる。

 ロシア民族衣装で見るロシアの歴史 とでもいう小さな展覧会です。ほとんどが、19世紀後半から,のものが並べられている。「修復家たちの仕事です。私の友人も仕事をした」と説明をしてくれる。
 私のロシア語力があれば、もっと専門家エレーナから教えてもらえることがいっぱいあるのに。ロシア皇帝時代の女性たちが着ていたドレスのウエストが細く細くしぼられている。若い娘時代はきっと着る事ができただろうが、ある年齢を超えると確実にこんな細身衣装はムリだ。エレーナは笑いながら「これは子どもの衣装よ」。彼女も私が思っていたことわかってくれたのか、自分のウエストに手を当てて笑う。私も同じく…。
 

   地下鉄(右上)ユーゴザーパドナヤ駅から、
     徒歩10分ほど。 TEATPマークが ユーゴザーパド劇場


 地下鉄に乗ってユーゴザーパド劇場へ行き、きょうは「結婚」を観る。はじめて地下鉄と歩いて劇場へ来た。中心部から30分ほど乗り、駅から10分ほど歩く距離は、大都市モスクワでは、劇場へ行くことを悩む距離です。が、モスクワ市民には遠い劇場だが、日本からは近い劇場のようです。日本人ファンも多く、この劇場へ通う日本人観客も多くいて、観客席で出会うことも多い。

 ゴーゴリーの「結婚」。観ることができ幸せです。シューラが、婿を選ぶというか選ばれる、アガーフィア役で大熱演、抱腹絶倒の喜劇と聞く。これは神様の粋な計らいで、実は帰国便の航空券が取れずに、仕方なくいや、幸運にも見ることが出来たのです。

 舞台にはなにも無い。奥の一段高くなった通路のような位置には、かみて側に椅子、しもて側にカウチがあるだけ。女性役のシューラは出てくるだけで、やんやの喝采。演出家ベリャーコビッチの「芝居はカーニバル」そのもの。あっという間に、2時間弱の芝居は、観客を大笑いさせて終わった。満場の拍手の中、カーテンコールで並ぶ俳優たち。

 私はシューラにプレゼントを贈るために舞台に上がったら、なにか俳優がしかけたのか、大きな拍手と笑いが起きていた。なんだったのか?

 終演後、今夜はシューラの車に乗って、エレーナを地下鉄駅に降ろし、私をホテルまで送ってくれた。熱演のシューラは空腹で私も同じく。ホテルの軽食堂で俳優は食べる、しゃべる。

 「『結婚』はあまりにも有名な舞台で、だれもが知っているから、独特なことをしなければならない。だから僕がアガーフィアなんだ。フィヨークラ役はマキシムで、人気だよ」。
 今夜の芝居は上出来のようで、とても元気なシューラです。「結婚」を日本公演したいとも言う。実現できれば、日本人はロシア喜劇の大胆な演出方法と俳優の高い技術力を笑いながら知っていくだろう。さて、実現はいつか?
 楽しい夜だった。睡魔が襲ってきた私に気がついたシューラ。
 「じゃあ、また明日ね」と別れて、私は、すぐに寝てしまった。

 

 写真*ロシア版 ペプシコーラ


10月19日
 
 私のひとり旅もきょうが帰国の日です。ひとり旅と言っても、結局いつも誰かがそばにいてくれました。

 エレーナが約束を守れなかった日は、マラトがすぐ来てくれたり、マラトDが「用があるんだ」って言った日は、シューラが送ってくれたり、エレーナが「ふたりで町を歩きましょう」と誘ってくれたり……。私の知らないところで連絡をとりあっていたのかも?ステキな3人へ、感謝の気持ちをこめて、お別れ昼食会をすることにしました。

 モスクワ繁華街にある「ヨーキーパーキ」へ行きたいという3人。私は内心「エッ!」と思ったが、まあいいでしょう。00年1月に来たとき寄った「材料バイキング皿いっぱい選んで、みんななんでもごちゃまぜ鉄板焼にしますよ」大型店、とでも言いましょうか。
 日本じゃあ絶対流行らない店です。ほかにスープ類やロシア人の食事に欠かせない甘いものもたくさんあるけれど、どれもいまひとつ…。
 
 私はちょっと苦痛だったが、3人はそれぞれが満足した模様。
 昼食後、お茶を飲みながら3人へ、「教えて。飛行機の座席は通路側が良いの。それに隣りに男性が座るのはイヤだなあ。ねえ、どうやって言えばいいかな?」と、私は聞いた。ノートに書きとめようとしている私に、三者三様に言ったことがおもしろい。

 エレーナ「どうして?窓側がおもしろいじゃない。私が書いてあげるよ」。とノートを取り上げようとする。

 シューラ「自分で考えなさい。(エレーナに)自分でやらせるんだよ」(キツィ!!)。

 マラトD笑いながら、「隣りはサムライはイヤだって言いなさい。サムライ嫌いって言えばいいよ」(まったく!)。
 
 で、自分でノートに書き出したら、マラトDが、また笑いながら直してくれた。

 さて、もうお別れの時間です。エレーナは大きな荷物を抱えて「St.Peter.へ帰る」と言い、繁華街の地下鉄入り口ででお別れ。「きっとまた会いましょうね」。また、すぐに会えると思う。
 
 今夜も「結婚」の舞台出演のあるシューラは、それでもシェレメチボ2空港へ見送りに来てくれる。ありがたいことです。

 空港へ着いて案内を聞いてくれたシューラ。「成田行き飛行機は予定通り」の出発でよかった。ひと安心。
 「いま、僕は芝居を作っているんだよ。今度はそれを観においで。待っているよ」。この一言がまた、私をしびれさせてくれた。また、すぐに会えると思う。
 だから、別れが日常のように「ダスブダーニャ」だけでさらりとお別れした。


 10月20日
 
 日本はまだ秋のはじまりだった。とても暖かく半そでシャツでも歩ける気温。成田国際空港の明るさは、「ああ日本だあ」と痛感させてくれた。
なんの支障もなくひとり旅をやってきた。ロシア語に自信がついた。もっと勉強しなくちゃあ。ロシア演劇のことももっと知りたい。今回いろいろあったものの5本の芝居を観た。それはとても感動している。
 欲張ってはいけないが、ロシアのもっと他の劇場へも行きたいし、音楽コンサートも、バレエも見たいものです。いつか必ず実現させるつもり……。きっと。