05年夏「この子たちの夏」
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ロシア旅日記(6回目)
2002年7月14日〜21日
モスクワ
ロシア語を勉強しはじめ
て、ロシア語が聞きたい話したい。
シューラと夏のモスクワを歩きたい。夏のモスクワ河クルーズとか夏休みらしいモスクワで、のんびりしたい。
福岡県に住む、あこちゃんと、いっしょに行こう!通訳はモスクワに留学中の学生Aさんにお願いして、暑い日本を飛び出した。
2002年7月13日
成田へ前泊する。先に福岡から成田のホテルへ到着しているあこちゃん。彼女とは、2度目のモスクワ行き。私も4度目。もうベテラン?
夕方名古屋を出て、新幹線〜京成ライナーを乗り継ぎ、成田空港へ到着したのは午後9時半くらい。空港の外でホテルへのバスを待っている間に、「ド〜〜ン」と大きな音と揺れ。地震かな?違うな、空港だからなにか重機の音と揺れだと思ったが。
ホテルへ着いたら「関東でやや大きい揺れの地震です」とニュースが流れている。えっ、やはり地震だったのか。あこちゃんも地震を驚いていた。が、すぐに再会を喜び、旅への期待にふたりともワクワクしている。
7月14日
成田空港出発ロビーは、若者が多くて、だれか有名人がいるようなムード。ひとりの若者に「だれかがみえるのですか?」。「トルシエ監督が帰国するのですよ。もうすぐ来ますよ」と言う。
サッカーワールドカップが終わり、お役を終えた彼の、母国への帰国の時だったのだ。
私たちは空港チェックインは早く追え、「トルシエを見に行こう」。青いシャツのフランス人夫婦をしっかり見た、が、あまり興味はなかったので、それだけ。
いつものアエロフロートロシア航空の機内は、空席もめだち、ゆったり、いや、広く座ることができる。眠ったり本を読んだりの10時間。
モスクワ時間午後5時20分着。気温は27度と言う。
シューラが迎えに来てくれ、運転手は、彼の友人のマラトDという四角い顔の男性。(※以前いっしょにモスクワに来た留学生Sマラトとは違います)。
あこちゃんはシューラにはじめて会うが、「あらまあ、ステキ」と。ニコニコしている。
(写真は、迎えに来てくれたシューラ。後ろ姿ですが)
ホテルは、以前と同じスプートニクホテル。ツインの角部屋で、扇風機が置いてある部屋です。窓の外には、新築高層豪華風マンションが見える。ホテルで、通訳のAさんと会う。少年のように細身のAちゃんは、「俳優とお話しをするのは、はじめてで…」とちょっと上がり気味で、俳優シューラとの間の通訳をしてくれる。
シューラは「仕事がいっぱいあって、今夜は早く帰らねばならない」とのこと。部屋に荷物を運んでくれて、マラトDとすぐに帰って行った。
Aさんと夕食をしながら、旅の打ち合わせをする。外は午後10時を過ぎてやっと、夕焼けがはじまる。夏は、なが〜〜い昼間の時間だから、有効に使わなければ。いっぱい遊べるからうれしいなあ。
7月15日
朝からとても良い天気です。きょうは、一日、Aさんの案内で、町めぐりをします。
一番最初には、私の用で、ロシア国内へ小包を送るため郵便局へ行く事にする。
この国は、申請用紙とか公式書類がなぜかとても小さくて、また、なんでも小さな文字で書かれている。説明文とか地図とか…。みんな、目が良いのですね。小包を発送するための届け用紙も小さい紙に送り先などを苦労して書けねばならない。それと送る荷物を窓口の女性に渡した。彼女はさっさと仕事を済ませ、モスクワ暮らしのAさんが「あらあ、ここは仕事が早い郵便局だわ」と驚いている。ロシア国内小包が、日本円に換算して250円相当で、これも驚いた。
写真*ホテルスプートニク やや古いホテルでして……。
郵便局の入っているウクライナホテルからアルバート通り、「赤の広場」など歩き、地下鉄にもところどころ乗ってはいるが、ほとんど一日よく歩いたものだ。晴天で気持ちは良いが、空気は乾燥しており冷たいビールが美味しいこと!!
7月16日
きょうはマラトDの車で市内ドライブに。
空は昨日とは違い曇天。暑さは感じない。
マラトDは、ホテルからも近い、モスクワ大学へ連れて行ってくれる。モスクワ大学を紹介するとき、いつも写っているスターリン建築様式の建物(
↓写真
)の中にある、「展望台へ行こう」。
モスクワ大学は広大な広大な敷地で、あちこち建物が
あるようだが、それぞれの建物そのものも大きい。
いまから入る建物も、大きくって圧倒されている。
外もそうだが、一歩中に入ったら「うああ、迷子になったら、一生出て来れない」とちょっとした恐怖感をもってしまうほど大きくって広い。
迷子にならないようにマラトDについて28階の展望台へ行く。しかし、雲がひくく垂れ込み、美しいいモスクワ市内一望の景色は、残念ながら見ることができない。
02年1月の冬の景色のときにきた「戦勝記念公園」へ行く。雨模様。冬の季節とはまったく違う、いかにもガチガチの「戦勝記念」というイメージそのままの公園だった。あこちゃん、マラトD、Aさん、そして私の4人は、ただのんびり歩くだけ。
私が日本の友人に頼まれた買い物があり、マラトDに相談すると、「僕の家の近くのマーケットへ行こう」となって、ちょっとドライブ気分で、モスクワ南西部の住宅街のマーケットへ出かける。
このあたりへ来たら、空はきれいな青空となって空気がすごく乾燥している。
マーケットから近くに森があるからとマラトDは連れてきてくれた。近くには、湧き水もある白樺の森。さっきまであんなに車が走り、人々が行き交って居た大きな通りや住宅街から、わずかな距離で、し〜んと静かな森があり、赤ちゃんを連れたママ、おばあちゃんたち、子ども達もそれぞれに森を楽しんでいる。うらやましい風景だった。
写真*ほこらも建っている湧き水を汲みにきている人たち
ちょっとビクビクしながら湧き水を飲んだら、美味かった
まだまだ陽が高い午後7時ごろホテルへ戻り、ホテル隣りの小さいスーパーで、黒パン、スメタナ(サワークリーム)、ニシンの酢漬け、サラダなどを買い込んで、あこちゃんとふたり、狭いが快適なホテルの部屋で夕食にする。そして、今夜は早く眠る。
7月17日
シューラに会いたいのです。Aさんに電話をしてもらったりして様子を聞くと「芝居の稽古に入っており、身動きができない」とか。
夏は、演劇公演は行われない。シーズンではない。俳優たちは、新作を作ったりするが、夏休みも長期にあり、夏を存分に楽しむ。
が、ユーゴザーパド劇場では、芝居の稽古をしている。どうしようもない。会えないのは残念至極です。
あこちゃんが、ややへこむ私を励ましてくれる。ありがたい。
あこちゃんご希望の美術館めぐりへときょうは出かける。最初はプーシキン美術館へ。3人で館内別々に行動してそれぞれ好きな作品と対話を楽しむことにした。
私のお気に入り「玉乗りの少女」=ピカソ1905年の作品がある。足をとめて、この絵と対話した。再会できうれしい。
救世主キリスト教教会にきょうは入ることができる。00年夏はまだ外周を工事していたが、もう立派に出来上がり、
多くの人々がモスクワ河沿いに建つこの教会を眺めている。きょうは、すきっと晴れた気持ち良い日です。
教会内部も見学した。
真新しい教会がこれからのモスクワを見続けていくだろう。
金色屋根がまぶしい。
写真:モスクワ河からの金色屋根の救世主キリスト教教会
教会近くのカフェで昼食を摂る。小さな店でびっくりの美味しさと心がこもったペリメニやジャガイモ料理に、感動してしまう。
町は暑くなって、歩く女性達は、「水着ではないか?」と思われる露出度で、ちょっとドギマギしてしまう私たち日本人です。
次はトレチャコフ美術館へ。01年冬に来た時は子供たちが大勢で混雑していたが、きょうは静かに、ゆっくりと回る。ロシア国の歴史をここの並んだ多くの絵画から学ぶことが出来るというが、私はまだわからない。が、それでも見ておくことが必要。館内を歩き回った。
さすがに歩き疲れ、外に出て喫茶店で休憩をとった。甘いマロージナエが美味しい。オレンジジュースも注文して、たっぷりマロージナエ(アイスクリーム)を入れてオレンジフロート(
↑写真
)にする。美味しかった。こんなに美味しい飲み方をモスクワではやらないと、Aさんは言う。
「フロートのお店を出して、大ヒットさせて、ひと財産手にいれようかな」、なんて日本人女性3人が喜んでいる。
グム百貨店の噴水で遊ぶ仲良し
船で会った姉弟
7月18日
きょうもシューラに会うのは難しい。めげずにモスクワを楽しもう。
「赤の広場」へ、その前に建つグム百貨店へ。美味しいマロージナエを食べる。値段が来る度に上がり、今回は10ルーブル(約40円)、あこちゃんは2つも食べている。
きょうも素晴らしい晴天だが、どこか風はひんやりと感じるときもある。昨日と同じように、都心まで行き、モスクワの写真風景にはいつも登場する聖ワシ―リー寺院も寄る。
複雑な内部のどこからか、アカペラで歌う教会音楽が流れてきて、その美声と青年達がきれいで、ついCDを買ってします。今朝「衝動買いはしないぞ」と決めたことはもう忘れております。
右写真:もひとつの衝動買い
町の絵描き A ニコラエフさんから買う。600ルーブル(約2400円)
モスクワ河のクルーズ船に乗る。これはいつかきっと乗る!と決めていた船です。モスクワ市内を大きく蛇行して流れる水量豊かなモスクワ河は冬はしっかり凍り付いているが、夏は大小の船が行交い、観光の目玉でもある。
Aさん、あこちゃんと私、船から夏のモスクワを楽しむ。クレムリンのなんと美しいことか。青い空にクレムリン宮殿の屋根や塔の金色飾りが光る。
船の中ではみな楽しそうで、とくに喜んでいる子供たちを写真に写して、また喜んでいる私です。少し風が冷たくなって、皆が陽の当たる場所へ移動したが、薄手のベストを持っていった私は平気だった。
船が着いたのは、キエフ駅近く。おなかも空いてきたので、昼食場所を探すが、あまりわからないから、地下鉄で都心まで戻り、Aさんお気に入りのバイキング風レストランへ行く。
そこで、Aさんが、私の知り合い女性 N さんといっしょに東京でロシア語を勉強していたと知り、驚く。「世の中狭いわぁ〜」。
町なかを歩きまわり、ホテルへ戻ってくる。途中冷たい風が吹き、モスクワ市民はすぐに、セーターを着ていることに驚いた。寒さ対策は敏感です。
明日はいよいよ、シューラと会えそうです。
7月19日
マラトがホテルへニコニコと迎えに来てくれる。
午前中は、ノボディビッチ修道院内の教会をめぐる。ロシア正教教会内では、女性はスカーフか帽子で必ず頭を隠すこと、男性は逆に帽子などを取って教会に入ること。これは、以前ガイドさんから教えられており、スカーフを忘れずに持っていった。
↑
にんにく漬物屋
くだもの屋 →
色とりどりの野菜がならぶ →
モスクワ南西部の大きい市場へ連れて行ってもらう。マラトDが、喜んで私たちをいろんな店で楽しませてくれる。あちこちで、笑顔を振りまいて、あこちゃんと私は「お食べ」とかでいろんなものを無料でいただいた。チーズ屋さんは「東京から来たのか、私のチーズをお食べよ。持って帰りなよ」とたくさんサービスをしてくれた。
今から行くシューラの家へのおみやげにチーズとくだものをたくさん買って持っていく。
シューラ家族は待っていてくれた。ママは遠くの町へ出かけているとかでルスだったが、気持ち良い風の入る部屋で、お芝居の話し、音楽の話し、買ってきたチーズのこと、日本の電化製品のことなど、いくつか楽しくお話しができ、感動している私。私のロシア語は、Aさんの通訳のおかげで姿を引っ込めているが、ところどころは、
通じ合う時もあり
、うれしい。
今夜はみんなでお出かけするのです。楽しみですね。
どこへ? ないしょにしたい。
写真:モスクワ名物 交差点に立つ宇宙飛行士 ガガーリン像
これが見えると「ホテルはすぐそこ」
7月20日
もう、きょう私たちは帰国します。夕方5時ごろには、モスクワシェレメチボ2空港へ行かねばなりません。
それまでを、シューラの家で手巻き寿司パーティをする。いろいろ日本から持っていた材料を駆使して、Aさんにも炊飯器などを借りて、ご飯を炊いて、寿司めしを作り、モスクワで買い出した野菜の天ぷらも作る。
あこちゃん奮闘で、ジャガイモサラダも作る。ワインを飲みながら、みなでいただく。私がつくった天ぷらは、油の温度調節がわからず、べったりしてこれは失敗作だった。でも、みんなで喜んでくれた(と、思う)。
マラトDの車で、シューラもAさんもいっしょに、空港へ送ってくれた。
空港では、少し待ち時間があり、シューラがビールを買ってくれたり、写真を写したりして楽しんでいるまに、突然たくさん現れた日本人グループにもまれてしまった。いったい彼らはモスクワのどこにいたのでしょうか?町なかでは日本人には会わなかったが…。
私たちは楽しい思い出をいっぱいに、モスクワを後にした。シューラとお別れするのはちょっと悲しかったが、また会える!会いに来る!!と決めた。
時間どおりに離陸し、関西空港へと離陸した。夏だけのモスクワ〜関空便は日本人グループがほとんどだった。
いつもどおり、ただ眠り、眠ってばかりで、おかげで関空到着時は元気だった。ただ、暑い暑い日本だ。