05年夏「この子たちの夏」
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ロシアの旅(4回目)
2001年1月2日〜8日
モスクワ
俳優シューラと出会い、どうしても彼の本拠地の劇場ユーゴザ-パド劇場へ行きたい。冬のモスクワも知りたい。
友人、なかさんご夫婦と正月2日名古屋空港経由成田〜モスクワへ向かった。
1月2日(火)
早朝名古屋空港から成田経由モスクワへと飛ぶ。4度目のロシア入国となる今回は、いままでと明らかに違う旅となるだろう。俳優シューラと会い、彼らの劇場で芝居を堪能するのです。友人の
なかとしおさん
とあきこさん夫妻もわくわくしている。
モスクワ・シェレメチボ2空港到着時、午後6時くらいだが、すでに町は真っ暗。雪はうっすらと積もり気温−4度。あまり寒さは感じない。だって興奮しているのですもの。
空港には、
くにさん
と運転手のアンドレイ。そして突然だったがSマラトのいとこ、2000年夏のモスクワでお会いした、いとこ氏が迎えに来てくれていた。
シューラはいま舞台に上がっている。みなで都心のホテル=ブタペストと急ぐ。くにさんの通訳でSマラトのいとこ氏は「なにかあればすぐ僕はかけつけます。どうか楽しい旅をお過ごしください」と温かい言葉をいただき、ホテルでお別れした。
チェックインを済ませ、すごく行きたかったユーゴザパド劇場へ、シューラの友人のアンドレイ運転手の車で、雪道をすっ飛んで行きます。
「旅籠屋の女主人」を途中から見る。
(劇場舞台写真:旅籠屋の女主人から)
あまりにも小さい舞台と観客席に驚いてしまった。舞台に登場しているのは、あこがれのシューラです。あああ、モスクワに来ちゃった。彼らの劇場へ来てしまいました。
終演後、シューラとごあいさつ。なんだか雲の上に、ふわふわいるような気分です。シューラは「明日は昼公演があり、今夜は用があります」という言う。あらためて後日ゆっくりごあいさつをすることにして、私たちは、すぐホテルへ戻りホテル近くのレストランで、ボルシチとブリヌウィを食べる。くにさんにごあいさつをして、旅の案内と通訳をお願いする。
1月3日
きょうは、着物を着ます。足元が心配だが、ぞうりを履き、着物の上に毛皮コートを着て、イザ出発。
午前中は、日本からボリショイ劇場チケットをお願いした I さん=2000年夏もお世話になりました=の職場へ、新年と再訪のごあいさつにお伺いし、チケット代金の支払いなどをする。
ゆっくりしたいが、ユーゴザーパド劇場で午後2時からの「マウグリー」(ジャングルブック)の芝居を見に行くために、日をあらためて、I さんとごいっしょにお食事をするお約束をした。
劇場は、子供たちの観客が多い。くにさんが言うには「(マウグリー)この芝居は、演出はベリャ―コビッチ氏ではないですが、劇場の次の世代を担うだろう子どもが大勢出演しますし、シューラもほかの俳優たちももちろん、素晴らしい芝居をしていますよ」。そして、「シューラは熊の役です」。
楽しい芝居だった。子どもの俳優たちも巧くて驚いたが、観客の子ども達の集中ぶりも驚いた。「次の時代をつくるのは僕たちさ」と、いう気概をプンプンさせている。
終演後、かねてから約束の
シューラ
の家におよばれに行きました。劇場からほど近くにある集合住宅=モスクワはみんな集合住宅に住んでいる=1階の彼らの住まいは、暖かで、おどろいてしまった。
外は氷点下でも、室内のセントラルヒーティングは、トイレも台所も暖かで、快適だ。奥様のターニャさんは大歓迎をしてくださり、近くに住むとシューラのママもごいっしょに楽しい夜を過ごした。本当に楽しかった。通訳はくにさん、彼女も楽しくってたまらないようで、みんなが笑顔だった。
1月4日
ホテルの部屋は温かいが、きょうの外は寒そう。遠くサンクトペテルブルクからきょうは、エレーナがこのホテルへやってくる。
00年7月に、旅先のサンクトペテルブルクではじめて会い、10月に日本からたくさんの扇やうちわを彼女のために送った。
私のところへは、なおも送られてきた素晴らしいうちわや日本舞踊扇子を、今回トランクに入れて、たくさん持ってきたから、彼女に手渡ししたい。
なによりも、エレーナに会えることをとても楽しみにしている私です。
10時半エレーナは、にこにこうれしそうにやってきた。しばらくお部屋で、日本の扇や扇子やうちわがとても美しいものだと言う彼女の興奮気味の言葉をくにさんが訳してくれて、私たちは、あまりにも日常のものが、外国ではこんなに喜ばれる芸術品であること、また教えられた。
くにさんは、モスクワから日本へ向かって発信する「ロシアの声モスクワ放送」のアナウンサーも仕事にしており、きょう、午後は仕事があり、私たちとエレーナはいっしょに、トレチャコフ美術館へ行く事にした。
夕方は、I さんから夕食のご招待をいただいており、くにさんの案内で待ち合わせ会場へ行く約束をしている。
くにさんは仕事場のラジオ局へ向かい、日本人3人、それも
ロシア語がまったく理解できない
3人を連れて、エレーナはトレチャコフ美術館へ行く。冬休みの子どもたちで混んでいた。エレーナは、ロシア国の学芸員なので、「これはゆっくり見なさい」「あれも見なさい」「ロシアがわかる絵です」とたぶん言っているのであろう。3人の日本人はロシア語がわからないが、そんなことを気にしないで普通に声をかけてくれるエレーナの懐の大きさに感服した。逆の立場で、私がロシア人3人を連れて、日本の美術館を案内することは、きっとできない。私が緊張しまくって、なにもしゃべれることができないないと思う。
夕方4時ごろか。美術館の外で、くにさんと待ち合わせだが、やってこない。もう暗くなってきた外は、気温がどんどん下がっていき、体が冷えてくる。
エレーナは「どこかでくにに電話をするから」と私たちを待たせてどこかへ消えた。
美術館前の広場では、少年達が雪の広場でサッカーに興じている。きょうは洋服それも暖かくしてきたが「ああ、寒いなあ、早く建物に入りたいなあ」。
と、くにさんが走ってくる。エレーナも同じようにやってきたので、ひと安心。もう少しで凍えてしまうところだった。
すぐに暖かい喫茶店に入りほっとする。氷解していくとはこういうことだと、知る。しばらく談笑して身も心も温かくなってから、お約束のレストランへと移動した。
(写真*エレーナと私のためにあるのか。扇を飾った珍しいツリー)
ロシア料理をしっかりご馳走になり、I さんは、私たちには日本語で、エレーナにはロシア語とおもしろいお話しをいくつもしてくださり、楽しいひと時だが、私はここでワインの酔いも手伝って、ふあ〜と眠ってしまった。がまんできない強烈睡魔がやってきたのです。
きっと一瞬のことだろうと思うが本当はけっこう長く眠ったのか?目覚めが爽やかで、デザートの蜂蜜かけマロージナエ(アイスクリーム)はすごく美味しくって目がぱちりと覚めた。
外はさらさら粉雪が降っている。モスクワ市内のどういう位置なのかわからないが、静かなレストランの庭は、とてもとても美しい雪景色だった。
1月5日
きょうもくにさんは朝早くホテルへ来てくれた。モスクワに住んで3年のくにさんは、私たちの健康を気使ってくれる、ありがたいことです
きょうもエレーナと会い、いっしょにモスクワ市内を歩き、くにさんのラジオ収録に、ナントなかさんが出演することなり、スタジオへ行く。そして、夜はシューラの出演の芝居を見にいく予定となっている。
ウールの着物を着て、「赤の広場」「クレムリン」を歩く。さすがに足もとは、ぞうりというわけにはいかない。道も広場も、凍りつき、がたがたになっているところや、雪が溶けてぬかるんでいるところや、雪が積もっているところなど、いろんな場面を見せてくれているから、ぞうりは危ない。持ってきた歩きやすい靴を履いて、ぞうりはカバンに入れてもっていく。
(写真*ボリショイ劇場前で)
モスクワ中心街は、冬休み。お正月休みのにぎわいです。「地方から初詣のように『クレムリン詣で』ですね」という、くにさん。エレーナは私たちのことをいっぱい心配してくれるのです。優しい人です。
着物の下に汗をかいている私、夫婦おそろいのスキー用防寒コートを着ている、なかさん妻は「ああ、寒いなあ」と言う。着物の暖かさに感謝する。襟元と袖口はスース―するので、しっかり保温しなければならないが、きょうはちっとも寒くはない。
ラジオ出演の依頼をうけたなかさんは、なんだかうれしそう。そうでしょう。海外旅行先でのラジオ出演はそう体験できるものではないから、いそいそとスタジオ入りする。大きなビルの中の小さなスタジオでしばし、静かに待っていた。
私の着物姿をラジオ局のロシア人女性たちは興味を持って、見ている。「着物の下はどうなっているのか?」と尋ねてくるので、裾をめくって、襦袢や足袋を見せたら、「まあ、たくさん着ているのね」と驚いている。
なかさんのラジオ出演は、「モスクワにやってきた日本人旅行者」として、くにさんのインタビューを受けるというもの。俳優のなかさんの良い声が日本へ届いているのか。日本時間午後10時過ぎの放送ですからきっと多くの人たちが感動しているかな???
夕方のモスクワボリショイ劇場・オペラ「ナブッコ」の切符を、超多忙の I さんに買っておいていただいた。なかさんご夫妻は、楽しみにしていますが、私は昨夜決めたのです。「シューラのお芝居がもう一度観たい」。ボリショイチケットは、くにさんへプレゼントしてムダにはせずに、それぞれ楽しい夜を過ごすことになるだろう。
ラジオ局から、なかさん夫妻とくにさんは、ボリショイ劇場へ出かけ、私とエレーナとラジオ局で働く日本人男性 H さん=00年9〜10月のユーゴザーパド劇場来日時の通訳=も、いっしょに、アンドレイ運転の車に乗る。車中から、H さんが、お揃いのスキー防寒具のなかさん夫婦を見て「南極越冬隊のようですね」と笑ったので、以降、なかさんを、越冬隊長と呼ぶこととした。
ユーゴザーパド劇場は、きょうも「マウグリー」です。観客に子供たちも多く、舞台の子供たちも伸び伸びと楽しんで演じている。シューラの熊は、ジャングルで動物に育てられている人間の少年に、森の厳しい掟を教える役だが、少年を抱き上げる仕草がまるでパパのようだ。
終演後、ロビーで、Hさんの通訳でエレーナも紹介して、シューラとお話しができ、うれしかった。ああ、きてよかった。
1月6日
エレーナはきょう、私たちとホテルでお別れをする。たくましいロシア女の彼女は、たくさんの扇などの荷物を持って、雪のモスクワの街角で「仕事があるから、ここで」とお別れした。
でも、きっとすぐ会えると私は思う。
くにさんと越冬隊夫婦とともに、地下鉄に乗り、ノボディビッチ修道院へ行く。雪の景色がきれいな修道院の庭を歩き、隣りの墓地へも行く。ロシア人を中心とした大勢の有名無名の人々が眠る墓地は、いまはすっかり雪に埋もれているけれど、墓石は、その人の人生を表す歴史人物博物館のようです。どれも美しいもの。
今夜もボリショイ劇場のバレエ「ジゼル」の切符が買ってある。越冬隊ご夫妻と行くこととなっている。シューラのいるユーゴザパード劇場の今夜の演目は、ゴーゴリ―「検察官」が演じられる。日本で、名古屋で、はじめて彼らに出合ったときの記念の芝居です。
(写真*「検察官」舞台写真から。
ニセ検察官役の人気俳優 オレグ レウ―シン )
ノボディビッチ修道院の墓地の中でも、人気のゴーゴリ―の墓は、彼の胸像が円柱の上に立っている。
ゴーゴリ―が笑っているような、にらんでいるような。そんな彼の顔をじっと見ていたら、なんと!にやりと笑って「今夜の芝居は見にいかないのかね?」と聞かれたような。
このときに決めたのです。今夜もユーゴザーパド劇場へ、シューラの芝居へ、行こう。
昼食は、修道院近くの「
ウ ピロスマニ」へ。グルジア料理レストランへ。どれも美味しい。温かいお料理をいただき、身も心も温まる。そして、そこで、私は、越冬隊夫妻とくにさんに申しでる。
「今夜もシューラの芝居を見に行きたい」
と。
3人は大笑いして、「あの小劇場がボリショイ劇場に勝ったよう」「ひゃあ〜、ボリショイを蹴ってでも行くのか。こりゃシューラ大喜びだよ」。と盛上がっている。もちろん、ボリショイのチケットは、また、くにさんに譲った。
アンドレイの車は、レストランの前に迎えに来てくれ、本屋へ寄り、私をユーゴザパード劇場へ連れて行ってくれた。
今夜私がユーゴザーパド劇場へ行くことは、シューラは知らない。チケットはくにさんが「日本人女性が窓口で1枚買うから」と係りに電話をしてくれたので、用意はされているが、それが私だとは、劇場ではだも知らない。舞台に出てきたシューラが客席から私を見つけてくれたら、おもしろいなあ、と期待する。
開場前の劇場切符売り場の窓口で、アンドレイ運転手が小窓を開けて中の人に声をかけたら、シューラがそこに居るではありませんか!
「エッ〜?きょうは、ボリショイへ行く日でしょ。ここはボリショイ劇場とは違いますよ」と、驚き笑っているシューラ。
地階の喫茶室で、
通訳なし
で、しばらくシューラと簡単な交流ができ、うれしい。
そして、「検察官」の舞台。ひきつけられてしまう。ああ、きてよかった。オーシップ役のシューラは「すみません」と日本語でせりふを言う。ふふふ、私への歓迎の言葉ですね。
ステキな夜を楽しみ、車でホテルへ送ってもらい、気持ちよく眠りについた。
1月7日
きょうは、くにさんにも休日を。専門ガイドに案内されてモスクワのふつうの旅人となる1日です。旅行会社手配の車と運転手とガイドが朝、ホテルへ来てくれる。「どこへ行きたいですか?モスクワらしいところへ行きましょう」。
きょうの気温は、0度くらい。暖かい日です。雪が時折降ってくるが水をたっぷり含み、すぐに溶けていく。それでも、防寒はしっかりしておかねばならない。頭と手や首周り、足元をぬかりなく暖かくすることがいかに大切かを知る。帽子をかむらず、歩いていると「ダメだよ。頭を寒くしてはいけないよ」と、ロシア女性たちが、忠告してくれます。
きょう、1月7日は、ロシア正教のクリスマスで、「国民の休日」の日でした。だから、また、人が多く出ているところや、開店の遅いデパートや休日となっているところに出くわした。少々疲れてきた私たちは、モスクワ中心部をガイドに着いて乗ったり、歩いたりしていた。
お昼は、ガイドおすすめの「お値打ちバイキング鉄板焼き大衆食堂」は、大味で、ちょっと苦手。
混雑する町なかを車で動いているので、運転手はちょっと不機嫌そう。それにせっかくなのに、あまり仕事をさせてもらえなく、ちょっと不満足そうなガイド。夕方ホテルまで送ってもらい、たらたらした1日が終わった?いやいやこれからです。
くにさんと約束のムハット小劇場で「夏の夜の夢」を観る。劇場では、開演前の短い時間をワインなど片手に、芝居への期待をいっぱいに語り合う観客の姿が、とてもおしゃれでステキです。
座席は一番前の真ん中。目の前には、大きな箱型の中に、布切れがいっぱい敷き詰められている。それを見たとたん、やや気持ちが引いてしまった。美しくない!!なんだこれは??
はじまった舞台は、すぐ目の前で役者が演じているので、目が合ってしまい、なぜか恥ずかしくってしょうがない。
美人と美少年が多く出演しているのだけは良かったが。舞台というか箱の中の布きれが気に入らない。アテネの夏の夜の森を表わしているのか…?
くにさんは「ユーゴザーパド劇場の『夏の夜の夢』をぜひ見て欲しい。明日、公演するのですよ」。くにさん、私たち明日のその時間は、飛行機に乗っているよ。ボリショイ劇場の切符は譲ることができても航空券はできない。
終演後少し、モスクワ居酒屋でお酒を飲む、冬のモスクワ最後の夜だった。
1月8日
シューラとアンドレイ運転手、くにさんがホテ
ルへ来てくれた。
(写真は、3人のすてきな友人たち)
昼食をまた I さんにご馳走になることとなり、約束のアルバート通りのウズベキスタン料理レストランへ、きょうはシューラもいっしょに行く。 美しい I さんの奥様と日本人のお友だちもごいっしょに、どこか日本の家庭料理のようなウズベク料理で温まった。
その後、越冬隊ご夫婦は、I さんとそのお友だちとともに、短い時間をモスクワ観光へ。
シューラとくにさんと私は、また「赤の広場」へ行く。いっしょに写真を写したりして、とてもうれしい時間を過ごす。が、外にいると、どんどんと体が冷えていくことがわかる。暖冬でも、決してあなどれないモスクワの冬です。
(写真:説明は要らないね)
シューラは「夏の夜の夢」公演が控えている。私は、内心、「また、すぐ会える」と強く思っていた。モスクワへ来れば、あの劇場へ行けば、シューラと会えるのだから、なんの不安もない。また、来れば良い。くにさん、運転手アンドレイにもいっぱいお世話になった。感謝でいっぱい。
空港までは前日お世話になった、ガイドと車と運転手が来てくれた。あっという間に終わろうとしているモスクワの冬の旅。楽しかったなあ。車は、1時間ほどで混雑するシェレメチボ2空港へ着く。時間通りに出発するようで、ひと安心。
が、チェックインカウンターで、驚くべきことが起こる。「荷物の20キロ規定オーバーだよ。お金を払いなさい」と言われて、「ええつ〜〜!!」。別の支払いカウンターへ行き「いくらか?」と問えば、というか、ロシア語がわからないから筆談で。「220ドル払いなさい」。ぎゃ〜。なんですと。「でも100j
でもいいから払いなさい」と書いてくるカウンター女性。
「100円じゃあないんだ。すごく高い金額なんだ」と、言い聞かせて落ち着こうとする私。
「ああ、持っていない」。と言えば「じゃあ、80ドルにしてあげる」。その後なにかしら、言われたが、持っていた現金すべてをそこで払った。たしかにトランクは着物が入っているし、古いトランクそのものが重いし…。まあ、仕方がない。
と、飛行機の座席が、ビジネスクラス3座席並びと、ランクアップしているではありませんか!!さっきのお金はこれだったのか。と、お気楽思考の私は大いに喜び、越冬隊ご夫婦も、ご満悦。
はじめてのモスクワ冬の旅は、こうして、最後までツイテいる。幸福です。成田まで幸せ気分でとてもよく眠ったのです。