05年夏「この子たちの夏」
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ロシアの旅(2回目)
1999年5月16日〜23日
チューリッヒ・サンクトペテルブルク・ヘルシンキ
また、誘っていただいて
西宮小夜子さん(現
城谷小夜子さん
)が、またロシアの旅に誘ってくれました。5月は彼の地も春の美しい季節だと聞く。
前回、97年の時は、6月にもかかわらず、少々肌寒かったので、今回は用心に名古屋で冬に着るコートを持っていく。そして今回も着物を入れた。サンクトペテルブルク、あの大きな町をまた楽しもう。さて、なにが待っているか。
今回は飛行機チケットがうまく手配できなかったとか、スイス航空でまず、スイス国チューリッヒ入国し、一晩、時差のぼんやりした頭で、豪華絢爛チューリッヒ繁華街夜のウインドウーを見て回る。本命外なので、あまり興味なし。
サンクトペテルブルクは、やはり肌寒く、バスに乗ってあちらへこちらへと回る。せっかくロシアに来ているのに、
ロシア語がさっぱりわからない。「良いのか、これで。第2外国語で履修したあの青春はどこへ行ったのか、消してしまってよいのか」と考え込んだ。ロシア語を勉強したいなあ
、そして、モスクワへ行きたいなあ。とも思う。
旅の後半から、つぎはモスクワへ行こうとも決めていた。
ここは,スイス ?
1999年 5月16日
ツアーメンバー16人は、成田空港へ集合する。希望したフィンランド航空は満席で、スイス航空で、チューリッヒへまず飛ぶ。
機内で、不思議なことが起きる。愛用の腕時計が、ぴたりと止まってしまった。たしか乾電池の交換もそんなに遠いことではなかったはずだが。海外団体旅行に、時計は必需品。
「ふむ〜、これはスイス時計を買いなさいと言うことか」。スイスといえば、スオッチの腕時計を機内免税販売で買う。
12時間の機中は夢中で本を読んでいて、チューリッヒに到着したときは、すごい時差と場所ボケで、「ここはどこですか」「いま、何時ですか」と周りの人たちに何度か聞いて、ただぼんやりしていた。
たった1泊のチューリッヒだからと、繁華街をウインドーショッピングしながら散歩をする。ぼんやり頭に、冷たい風が刺激的なスイスの夜だった。
5月17日
チューリッヒからサンクトペテルブルクへと、スイス航空は飛ぶ。客室乗務員の青年の笑顔がすてきで、気に入る。トイレの便座敷き紙のストックが切れていることを彼に知らせたら、盆に載せて、1枚だけの紙を運んできた、
サンクトペテルブルクのホテルは「ロシアホテル」。97年にも泊まった巨大ホテル、今回は、3階でエレベーターからも近い、良かった。
前回と今回での大きい違いは、ロシアで自国の通貨の下2桁切捨て措置が行われたことで、1ルーブルが20円見当となる。
ちょっとゆっくりする間もなく、着物に着替えて、「青年劇場」へと向かう。すでに、こちらの演劇アカデミーで生徒たちを教えている西宮さんからの頼まれ物をたくさん持ってきたので、それらも持って予約のバスに乗り込む。
「青年劇場」でなにがはじまるのか?説明がされたかも知れないが、私はまったくわからない。でも、みんなで行く事になっているので、なにか大事なことがあるのだろう。
「日本文化の夕べ」公演でした。成田からいっしょに来たメンバーには、琵琶奏者の室井さんと尺八の大由さんが一緒だった。彼らはサンクトペテルブルクへ到着後、すぐにどこかへ行ってしまったが、ここにいた。
西宮さんは日本髪かつらをつけ、日本舞踊を踊る。ロシア人観客から拍手喝采を浴びる。室井さんの琵琶の音色もこの町に人たちは興味津津で、すごい集中力で聞いている。大由さんの尺八は、私も聞きほれた。機内でいっしょだった、なんとも普通のお兄さんがすごい尺八奏者であった。
ツアーでやってきた日本人メンバーを、この公演の裏方の手伝いに回したかった西宮さんだったようだ。が、添乗員との打ち合わせにないことで、混乱しそうな模様だった。「誰か残って着物とかたたんで、片づけを手伝って欲しい」。西宮さんの切実な願いだったろうが、ツアーで行ったメンバーが別行動をとることはできない。と、いうか一番の問題は、メンバーにロシア語が出来る人がいればよかったのだが…。仕方がない。
また、サンクトぺテルブルクを走る
5月18日
朝から気持ちが良い快晴、名古屋の冬の寒さだ。ホテルのバイキング朝食は美味しい。さて、きょうはエルミタージュ美術館へ着物を着て行こう。
エルミタージュ美術館では、展示物を「これは本物ですか」と、オバカな質問を思わずガイドに聞いてしまったが、「本当に本物ばかりです」。ガイドが、この美術館をとても誇りに思っていることが伝わる。着物で歩く館内は少々寒い。でも、元気に多くの宝物に接して幸福です。
昼食は、サンクトペテルブルク大学近くにオープンしたばかりというレストラン。トイレがきれいでうれしかった。もちろんお食事も美味しくって大満足です。食事後、貸切バスがやってこない。しばらく無駄な時間を過ごす。
午後は、西宮さんの授業見学で演劇アカデミーへ行く。今回の生徒はバイカル湖近くの都市ブリヤート市からやってきた青年達です。どこか日本の青年たちのように、黒い髪と黒い瞳で、親しみがわく。彼らは、そろいの黒い衣装で登場し、指先から腕、体全体を使っての表現で、柔らかく、かつ、きびきびした動きを見せてくれる。何よりも演じる彼らの楽しい雰囲気が十分に伝わってくる。
西宮さんは日本舞踊と殺陣まわりを教えている。言葉は通訳が、専門用語もあり難しいそう。これは西宮さんのすごいエネルギーがみんなに飛んでいる。
(学生たちに囲まれて) (西宮さん大活躍)
夕方からはマリンスキー劇場のオペラ「ドンカルロス」を鑑賞する。1階席は満員で暑かったし眠かった。とてももったいないと思っていても、強行軍のあとのイタリア語オペラは睡魔に襲われてしまった。
もっと強行軍は、室井さん、西宮さん、大由さんと通訳氏は、オペラの途中休憩で「エカテリンブルク」への夜行電車に飛び乗っていった。
サンクトぺテルブルク観光
5月19日
朝から美しい青空だが、乾いた空気は私の肌を傷めてくれる。きょうは、郊外の「エカテリーナ宮殿」へとバスで出かける。やはり寒くって日本の冬用コートを持ってきて正解だった。
この宮殿は第2次世界大戦時ドイツ軍により破壊されたところ。ソ連時代もロシアとなっても、コツコツと少しづつでも修復作業をしている。宮殿の入り口でも彫刻群に手をいれている職人がいる。長い歴史の息が聞こえてくる美しいところだ。ガイドの説明もいくつか理解できないところがある。私が無知だから。
次にサンクトペテルブルク市内へ戻って「ユスポフ邸」へ。ここもただ今修復作業中です。97年にも寄ったがその時も工事中だった。少しづつきれいにしている部屋のその隣りでは、まだ工事が行われている。
次に寄ったのは「キリスト教復活寺院」へ。建物の内外には、圧倒されるモザイク装飾だが、好きになれなず、すぐに引き上げたいと思う。
あのモザイクが出来上がるまでにどれほどの命の犠牲があったのか、そんな血のにおいがしてしまった。
今夜もマリンスキー劇場へ。バレエ「バヤデルカ」を鑑賞する。「日本ではなかなか上演されないもの。大勢の出演者で男性が多いし、衣装も特徴があるから」と、ツアーメンバーで、バレエを習っていたSさんが解説してくれる。きょうは眠らずに楽しむ。バレエは、体そのものが芸術作品だと思われる。若く弾む細くしなやかな肉体の美しさ。長い手と足と首、小さい頭……。日本人で頑張っている人たちのご苦労を思う。
マリンスキー劇場のトイレは、97年のときに「これはダメだよ」と言いたくなるひどいものだったが、やっと工事も行われて、白く明るく広いトイレに改修さていた。よしよし。
白夜の季節もはじまり、午後11時くらいまで明るいこの町で、バレエの興奮から覚めず、ホテルでも遅くまで起きていた。
ヘルシンキへ行く
5月20日
ツアーのメンバーみんなは地下鉄に乗って町を歩きに行った。もう、間もなくサンクトペテルブルクともお別れするからと出掛けるメンバー。おひとりの男性 I さんに「気をつけていってらっしゃいね」となぜか特に、彼には声をかけていた。私は慌しい町歩きはいやで止めて、ホテルの周りをひとりで散歩していた。
帰ってきたメンバーは楽しそうだったが、I さんが「スリの被害にあってカメラをとれてしまったよ」。驚いた。
今回はヘルシンキへ飛行機で移動する。午後1時まぶしい光のあふれるフィンランド国ヘルシンキへ到着する。この旅には2枚の着物を持参した。ツアーメンバーに着物専門家がごいっしょなので彼女に着付けを手伝ってもらい、この町を着物で歩くことにする。
添乗員の宮島さんの誕生日が明日、と言うことを聞きつけた。じゃあ、誕生日パーティとお別れ会とを兼ねて、明日の夜は楽しく過ごそうとみなで決める。
宮島さんにはナイショで、パーティの準備をそれぞれが役割を決めて、今夜は準備をすることとにした。静かなヘルシンキのマリーナホテルの部屋は、とても快適であった。もっとここに居たいと思う。
ヘルシンキ郊外へ
5月21日
きょうは、バスでヘルシンキから166キロ離れた古い町トルクへと出かける。ファインランドは労働者を守る法整備が厳しく、バス運転手はバスを降り、午前中の15分間休憩をしっかりとっていた。午前と午後の「お茶休憩」はどの企業経営者は労働者に与えなければ罰に処せられると
聞き、なんと日本と違うことかと驚く。
(写真*ホテル前で
ツアーメンバー総 出演)
湖と森が多く、空気もおいしい。夏の明るい光が心地よい。が、このバスの旅はつまらない。「ツアーではなく、自分で自由に行きたいところへ行きたい」と思う。 今夜の夕食時には、ホテルレストランに特注ケーキを作ってもらうようにした。宮島さん驚かす作戦が,着々準備がすすむ。
ある人は、宮島さんが旅の間に「欲しいなあ」と言った、上着を彼女に見つからないように買って、包装してもらい、ホテルへもって帰ってきた。
夕方、パーティ開始。宮島さんはどうもなにか感ずいているようだったが、うれしそう。みなもうれしそうで、なにより。
後半に、西宮さん、室井さん、大由さんも合流する。楽しいひと時を過ごす。
5月22日
いよいよ帰国です。ヘルシンキ経由チューリッヒ経由成田へ飛ぶ。
ヘルシンキ空港で、残ったドルで、ぬいぐるみの白熊を買う。この熊は、売店で目があってしまい、「日本へ連れて行ってよ」と哀願され?一度は「だめ。遠いからダメだよ」と言ったのに、なおも目を離さずに「日本へ行きたいよ」って言うので、日本へ連れて行くことにした。
チューリッヒでは,5時間も待ち時間がある。空港内をうろうろしながら,本を読む場所を探すが、どうも、どこも落ち着かず、結局ぼんやりしながら、待っていた。
成田へ向かう飛行機内では、白熊といっしょにただ眠っていた。ツアーメンバーとの再会を約束して成田で解散した。
東京では、JR電車内で「事件」があったもようで、山の手線が混乱していた。成田から東京駅が遠いなあと、今回も強く思う。