05年夏「この子たちの夏」
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ロシア旅日記(11回目)
2005年1月8日〜15日
冬のモスクワ
11回目のロシア行き、モスクワは9回目となります。
パスポートは2ページに渡って貼られるロシアビザでふくらんでしまっています。
☆出発まで
もう慣れたもので用意も上手になりました。トランクの重さは20キロを超えないように、余分なものは持たないように・・・。おみやげも軽くかさばらないものを用意。これも上手くなったものです。
今回は名古屋空港出発としている。2月開港の
中部国際空港
へ移動前の最後の利用のつもり。当日にトランクを手にして出発なので、ちょっと準備に余裕の気持ちなのだが、結局当日の朝もバタバタしていた。
いつもの旅行会社
とのやりとりもすべて済んでいる。もう11回もお世話になっているのですもの、お互い心得たものです。
☆ 1月8日(土)
名古屋晴れ。モスクワ曇り?
きょうの芝居は
「検察官」
名古屋空港国際線午前9時発のJAL成田行きの航空券が取れた。自宅を午前6時40分に出発する。
やはりあわてたので、途中「カメラを忘れた」ことに気がつき、「うわあどうしようか・・」。タクシー運転手氏「戻りますか?時間はありますか?」。
カメラはデジタルカメラを持っては、いる。でも、私はデジカメで人物を上手く写せないし、あまり好きじゃあないし、使い勝手もいまひとつわかっていないし。いきなりブルーな旅立ちの朝となってしまったが…。
お気に入りフィルムカメラEOSを取りに戻るべきか、タクシーは自宅と空港の中間点くらい。これは時間とタクシー料金が、大問題。「いや、戻りません」。タクシー料金で、デジカメのメモリーカードを容量の大きいものを買うことにしよう。トランクにはフィルムが10本は、入っているけれど。ああ仕方がない。
名古屋空港でチェックイン。混雑を予想していたがさほどでもなかった。トランクはここからモスクワ空港まで運ばれていく。「バイバイ。無事に会えますように」。もちろんトランクはしっかり鍵をかけ、いつもどおり紐で縛りガムテープで鍵穴などはふさいでいる。念のために。
私の機内必携品は、マスク・耳栓・リップクリーム・目薬・便座除菌シート、それに懐中電灯とお尻に優しい座布団など、大好きな飛行機内を安全・安心に楽しむためのもの。
名古屋〜成田はわずか45分だが、飛行機に乗ったらすぐに眠る。耳栓をして、目をつぶるとすぐにウトウトしたが、機内の案内放送が頻繁に入る。「耳栓はこういう放送が聞こえなくちゃあいけないものなのだ」と感心はするが、「シートベルトを締めたか」「シートベルトは毛布の上から締めなさい」「気流の悪いところがあるから客室乗務員も着席します」「なるだけ座席についていなさい」など、45分ほどの飛行時間中にうつらうつらする耳の遠くには、いつも案内放送が聞こえていた。着陸態勢になると、一層注意事項が多く、ナントうるさいことでしょう。
成田空港内乗換え待ち時間は、3時間。免税店でデジカメメモリーカードを買う。これで写真のことは安心して、朝食とビールで時間をつぶす。
アエロフロート機は時間通りの13時出発で安心する。きょうの予定はきっとうまくすすむだろう。私はいつもチェックイン時に
座席の希望をしている。中央のシマの通路側に。となりは女性にと頼む。今回は4席の端っこで、真ん中2席は空いて向こう側に女性が座っている。さあて、また眠ることにしよう。いつ飛び立ったのかもしらず眠った。
気がついたら飲み物を配るところだった。さっき乗った日本の航空会社とは違って、ここは案内放送がほんの少しだけで、静かだと思う。いつも日本語の案内もあるがきょうはロシア語・英語だけだからよけいに静かなのかな。続く食事も半分くらい食べただけ。眠かったのだ。いつ片付けられたか知らない。
空いている隣の席に足を伸ばし、毛布にくるまって。顔にはマスク、首にはマフラーをぐるぐると巻いて、ひたすら眠るのだ。でも、よく眠ったなと思っても1時間弱くらい。
私の席の天井の個人用電燈が消すことができない!!この航空会社では、まあよくあることなので気にはしない。
途中、みなが眠っている頃に元気になって、機内を歩き回り、体操をしたりする。機内は寒くはない。熱い紅茶をいただいたらとても元気になった。機内映画の画面が、私の席からは見難いし、なぜか画面が汚いのでまったく見なかった。10時間の飛行時間中は、細切れだが眠りを重ねておく。
モスクワへの到着時間は予定通りモスクワ時間午後5時ごろ。窓の外はすでに暗く、雪はなく「気温は+3℃です」。まあ温かいこと。
飛行機は簡単に着陸する。アエロフロートはいつも着陸がすごく上手いと思う。軽やかに着陸する。が、そこからが長すぎる。降機ゲートへ着くまでに時間がかかること。ちょろちょろと走っては止まり、またちょろちょろと走り、飛行機を降りるまで20〜30分くらいかかっている。
有名な蜂の巣天井のシェレメチボ第2空港。相変わらずどこでも人の列ができている。待つしかない。荷物を受けとるにも時間がかかるのはいつもどおり。
フランクフルトからの到着便の乗客が長く待っているようで、イライラムードが漂っている。
早く荷物よ、出てきておくれ。名古屋からの私のトランクは、早くいきなり3個目くらいに出てきてくれ、無事手元に届いた。さあ、外へ急げ。持込現金もないので、免税ゲートへ。ここでトランクを赤外線チェックするときもあるが、きょうはない。ありがたい。
午後6時20分ごろ、空港出迎えの多くの人たちのなかに
マラト
をさがす。と、端っこのほうから大きな声で私の名を呼んでくれ、ほっと安心した。再会を喜ぶのもつかの間、マラトは「さあ、車へ急げよ」って感じで、私のトランクを引っ張り、空港の人ごみの中を走るがごとく外へ行く。ちょっと待って欲しかったが、劇場へ直行だから急がねばならない。
外は寒くはない。雪も道脇に積まれており道は雪解けのぬかるみ、そこを私は走る。この空港の周りは、飛行機のエンジンガスと車のガスで空気はものすごく汚れており、以前は到着したとたんに激しいせきに襲われ苦しくなったので、機内と同じくマスクをして走っている私。喉を守るのは、これからの旅を元気に過ごすためにとても大事なことだから。
車に乗ったのは、午後6時半を過ぎていた。私は、持っている日本茶ペットボトルを飲みチョコレートを食べ、助手席でほっとひと息。道路の渋滞もなく車はスムーズに走るが、どうも頭はすっきりしないし、マラトが声をかけてくれても、ロシア語も出てこないし・・・。「ここはどこ?」の状態になっている。時間と距離と位置の認知がまったくできていない。
ユーゴザーパド劇場
へ直行するために急いでいる。このぼんやり頭で果たしてお芝居が楽しめるだろうか、急に眠気とかトイレとかに襲われないか。あそこは一旦座ると開演中に席を立つのは困難で、ちょっと心配していた。一幕を外で待ってもしかたないかな?
途中、運転するマラトの携帯に、
俳優シューラ
から電話が入る。シューラはきょうの演目「検察官」にオーシップ役で出演だから、すでに衣装も調えて開演時間を待っていることだろう。
「(シューラの妻の)ターニャさんが劇場入り口で待っているそうだ」とマラトさん。と、話していると、私が今回予約しているホテルサリュートがいきなり目の前に見え、続けて見慣れた劇場前の教会が目に飛び込んできた。「いやあ、早い」。なんだか、ものすごく不思議なこと。私の頭の中では、日本を出たのはちょっと前の時間で、もうすでにモスクワの劇場の前にいる……。「どこでもドア」を開けたような、なんだか本当によくわからない。
ユーゴザーパド劇場では、客もほとんど座席内に入っており、入り口ドアの前に、ピンクのセーターのターニャさんだけが笑って待っていてくれた。マラトはトランクを劇場の荷物置き場に預けてくれて、「じゃあ、またね」とさっさと帰り、私はあれよあれよの間に、客席へ。ターニャさんが「ここよ」と言われる席に座ったらすぐに「検察官」がはじまった。
ゴーゴリー作「検察官」は
私がはじめて見たロシアの芝居
であり、俳優シューラに惚れたのはこの芝居のオーシップ役の彼を見たから。手の指の先まで俳優の神経が届き、すごくきれいなその手と長い足と、ちょっと不思議な声の俳優に出会い、ここにいま、私がいることにつながる記念すべき芝居が、また目の前で繰り広げられる。
きょうも、出演の俳優たちひとりずつがものすごく上手くって、なお、ハーモニーが素晴らしい。だれかだけが上手くって、あとまわりは少々下手な脇役・・そんな舞台ではない。出演者ひとりずつが上手すぎる。すっかり舞台に酔ってしまった。心配した眠気も疲労感も感じない。
途中の休憩では、ターニャさんとカフェへ行き、私だけが紅茶とアイスクリームを食べる。ターニャさんとの話もはずみ、私のロシア語回線も通じてきたようだ。
芝居の後半もリズミカルな舞台は、観客を興奮させてくれる。観客と舞台出演者の呼吸がぴったり合っていることを痛感する。呼吸がズレル芝居は苦痛でならないし、見ているのも聞くのも不安になる。呼吸が合う芝居の楽しさ、美しさ、開放感、情熱、エネルギーをを求めて、私はここへ来ている。終演後のカーテンコールも盛り上がる。「ああ、来て、見て良かった」。
ターニャさんと劇場前の通りで、シューラを待つ。寒くないからありがたい。さっきオーシップを演じていた俳優シューラが、とびっきりの笑顔で迎えてくれる。再会を喜び、「さあ、ホテルサリュートへ行こう」。
今回はモスクワ南西部にあるホテルサリュートを予約した。いままでここにホテルがあることを知らなかった。いつも
市内中心部に近いホテル
を利用していた。ユーゴザーパド劇場からは遠く、いつも送迎の車が必要だった。
しかし、このホテルサリュートは大きい通りに囲まれているし、
いつもの旅行会社
も扱ったことがないとかで、ちょっと心配している。部屋がうるさかったり、安全面で心配があったりしたら、すぐ変更してもらうつもりだった。
シューラに手伝ってもらってホテルへチェックイン。シューラは、なにか面白いことを係の女性に言っているようで、係りの女性が笑いながらパソコン入力をしているし、笑顔で私のパスポートを受け取り「30分後に受け取りにきてくださいね」。やはり、笑顔で迎えてくれると旅のはじまりの印象が違う。
ロシア入国の外国人旅行者は、パスポートに貼られたビザと機内で書いた入出国申請用紙=それは、空港パスポートコントロールでチェックを受けた小さく薄い用紙へホテルの認め印を押してもらわねば、不法滞在になる。ホテルでのそれらの手続きは、いままでのホテルではお金を払わねばならなかったが、ここは無料だった。あるいは無料になったのか?わからないがうれしいことだ。
14階4号室へ。客室行き専用エレベーターへ通じるドアの前には、警備役男性が3人ほどおり、厳しいチェックをしている。シューラとターニャさんも「部屋に入るのはダメだ」と一度は断られていたが、シューラは「大事な客を助けるから、10分だけ」とか言い、客室用エレベーターに乗った。
14階は、きれいに改装されたばかり。エレベーターの前に「鍵係女性」がしっかり座っており、階下でもらった宿泊カードを渡すと、ここではじめて部屋の鍵とテレビのリモコンがもらえた。テレビのリモコンを受け取ったシューラは「これはすごく大事なものだよ」。たしかに。
部屋は、小さいがきれいで静かで気に入った。窓からは大通りが見えるが、車の音や排気ガスの心配もない。シューラは「窓ガラスは2重だから静かで大丈夫だよ」。良かった。これで部屋やホテルそのものを変わるなどはないだろう。
シューラは、「明日は僕の家においで。午後6時マラトがホテルへ迎えにくるからね。ゆっくり眠りなさい。旅の予定も明日、話そう」。
階下のパスポート係の部屋までついてきてもらい、パスポートを戻してもらった。ホテル事務室奥にあるこの部屋は、ひとりではきっとわからなかった。
少々空腹だったが、疲れてもいる。「また明日ね」と、シューラとターニャさんと別れて部屋に戻り、洗顔と着替えだけしてベッドにもぐった。明日は夕方までのんびりしよう。
☆ 1月9日 モスクワ 曇り
〜〜芝居は「小さな魔女の話し」
きょうの食事 朝ホテル朝食は、お値段160ルーブル。(あらかじめ宿泊料金に入っているので払う必要はない。お粥、スライスチーズ5枚くらい、ハムも5枚くらい。卵焼きのような名前は知らないがいままで何度も食べている温かい料理、ヨーグルト、紅茶など。昼は、なし。夜は、およばれに出かけ、ペリメニをメインにいろいろ。
疲れて眠ったのに、午前3時ごろ(日本時間午前9時ごろ)のこと、目がぱっちりと開いてしまう。そう、体のどこかは、日本時間が脈々と流れて「もう朝だよ、起きなさい」。私は起きるしかない。外は真っ暗。大通り向うの建物はなにか明るいし、街灯はオレンジの光が並んでいる。
部屋はやや寒いが、耐えられないほどではない。しかし、夜中に起きてしまうのはつらいなあ。しばらくトランクの中を整理して、身体に「やはり眠いでしょ。寝ますよ」と納得させて?またベッドへ入る。
しっかり眠ったような感覚はなく、モスクワ時間午前8時ごろ起きる。外はまだ暗い。空腹でなにか食べたいから朝食に行こう。身づくろいをしてカギをエレベーター前のカギ係女性に渡すと、朝食券にもなっている私の宿泊カードが渡され、「食堂は1階よ」。
1階奥の薄暗い食堂。宿泊カードを見せれば、係の女性がパソコンで照合し、「あなたはもう食べたでしょう?ほらチェックが入っているわ」。画面の中の私の名前の横に レ の印がついている。「えっ〜〜、私はまだ。ああお腹すいたわ」と言えば、「でも終わっているし」。まあ、どうしましょう。「いいわ、こちらに座りなさい」。係の女性は、もうひとりの若い女性を呼んできて、パソコンを覗きながらなにやら言っているが、私は朝食にありつけたのでなによりもうれしい。しっかり全部いただき満足満足。ただレストランは広くって暗い照明がちょっと残念。
部屋に戻り、のんびりする。やっと外は明るくなりそんなに寒そうではないし、道も雪解けで濡れてはいるが凍りついてはいないので、歩きやすそうだ。
昨日の夜はユーゴザーパド劇場からシューラの車で、大きな建物の間をぐるりと回って、このホテルへ来た。近いところのようなので、散歩しながら劇場とその目の前にある教会へ行ってみよう。それに劇場の冬休み公演も見てみよう。シューラは出演していないが。子ども達といっしょに楽しみたい。切符も当日券はあるだろう。
暖かく衣類を整えて外へ出る。冷たい風に乗って雪が時々降ってくるが、また青空も顔を出す。でも、さほど寒さは感じないのは、まだ私の緊張感がいっぱいだからだと思う。
サリュートホテルは半円形になっている建物で、外のあるところまで出ると、
劇場も教会も
すぐそこに間近に見える。「なんだ、こんなに近いのか」。とても得をした気分でうれしいかぎり。
劇場前のポスターで「小さな魔女のお話し」の開演時間午後2時を確認してから、そのあたりを散歩し教会にも行く。以前は横断歩道がなく、命がけで教会へ行ったが、いまは信号つき横断歩道がある。モスクワも少しは歩行者のことを考えるようになったのかな?
教会は新年とクリスマス(ロシア正教は1月7日もクリスマス)のお祝いときょうは日曜日だから、午後も大勢が集まってきている。風が急に強くなってきたので、外を歩くのはここでやめて、劇場へ。
劇場内切符売り場の前で当日券販売を待つ。列はすぐ長くなり、孫をつれたおばあちゃんやパパといっしょの子ども達も多い。どの子も可愛いこと可愛いこと。でも、並んでいる人たちの多くが私に普通にロシア語で、なにか聞いてくるのには、困ったわ。
お芝居は、魔女の学校の生徒「マコ」が魔法を学んでいくがどうも出来が悪くって…、苛められたりもして。でも、心優しい人たちに出会って優しい心も学んで、いっしょに歌ったり踊ったりする楽しさも知っていく…。出演俳優はユーゴザーパド劇場所属の若手俳優たちが中心となっている。主演のマコを演じる足の長い若い女優がとてもきれい。なにか才能があふれ出てきている。(後で知ったこと。この
女優は、オリガ アビロワ
さん。昨年亡くなったこの劇場所属の
有名俳優ビクトル アビロフ
さんのお嬢さん。そう言われればどこかパパの面影いっぱいです)。
観客席は子ども達が多く、みんな眼をキラキラ輝かせて楽しんでいる。舞台とも掛け合って時には大きな声を出したり笑ったり…。最後には子どもたちも舞台にあがり、俳優とともにみんなで踊っている。【写真】
2時間ほどを楽しみ、気持ちも温かくなる。この温かい気持ちを求めてみんな劇場へ通うのだろうな、きっと。子ども達もとてもいい顔をして寒い外へ出て行く。
ホテルへ歩いて戻る時間を計っておくことにする。住宅前のまっすぐの道をたった7分だった。これは便利なホテルだ。が、風がすごく強くなってきたので、もう外は歩かずホテルの部屋に戻りしばらくゆっくりする。
午後6時、風の強いなか、マラトが車で迎えに来てくれる。マラトの家もシューラの家もこのホテルから近いところにある。マラト家族とも再会を喜び、まずは手土産を買いに近くのスーパーへ寄り「
さくらんぼのケーキ
」やジュース、ヨーグルトなどを買う。
劇場からは距離的には近いところだが、路線バスが不便で通勤のために車を買ったシューラ。俳優たちは夜遅くなる仕事なので多くの俳優は車を持っている。
でもみな助け合っていて、シューラも仲間を送っていたり、送ってもらったりしている。と、昨日ターニャさんが話してくれた。
集合住宅の1階に住むシューラは、私の到着を待っていてくれた。「ワインを用意しているよ」。でも、私はビールが飲みたくって、途中でハイネケンを3本買ったのだった。
シューラの家族、マラトの家族とともに、シューラのママのお手製ペリメニをいただく。美味しくって、ものすごい量をバクバクといただいた私だった。
当然だが、すべてロシア語で話している。それが通じても通じなくてもお互いになんとかなっている。
私が昨年日本で出会ったロシアの映画や芝居やバレエの話をするととても興味を持って聞いてくれた。映画「父、帰る」(日本語題)。お芝居は「かもめ」(
モスクワマールイ劇場
公演)、「検察官」(アレクサンドルスキー劇場公演)、「ヴィイ」(プーシキン記念モスクワドラマ劇場公演)、バレエはハリコフ少年少女バレエ団の通訳さんの補助をしたことまで言ってしまった。パンフレットなどを持っていき見せればきっと喜んだでしょうに、用意するときに気持ちがなかったことを後悔する。「日本へは、多くの劇団が行っているのだね」となにか深く思いをこめてシューラは言う。
ユーリー ノルシュテインのアニメ「霧の中のはりねずみ」のことと、この絵本を買いたいことを言い「明日は本屋へ行こう」となった。
旅の予定や劇場のチケットのことなどをシューラと話しあい、旅がはじまった。毎晩観劇で楽しく忙しい。
楽しいステキな時間もすでに午後10時半を過ぎて、マラトにホテルへ送ってもらう。すぐにホテルが見えた。部屋に戻るなりお風呂を入れる。が、お湯がぬるいのだ。もっと熱いお湯が欲しい。
☆ 1月10日 モスクワ 曇り雪がちらほら
〜〜芝居は「
巨匠とマルガリータ
」
が、やはり午前3時ごろまた目が覚める。でも、身体のどこかは眠くってたまらないのに…。仕方がないので一旦起きる。午前5時くらいまた眠る。なんだかこんな眠り方いやだなあ。体調だけは壊さないように気をつけなければならない。絶対無理をしない。
午前9時過ぎ、朝食に出かける。と、きょうは、知らない男性と同席になる。いやだった。なんでだ。ほかに空いている席はいっぱいあるのに…。それにきょうのチーズやハムやパンは、もう半日前から用意しているようなもの。前の男性は静かに食べたあと、煙草を取り出すので「えっここで吸うって??」と内心思っているとそこは紳士でした。「煙草を吸うから向うへ行きます」ってマナーを守ってくれました。
その後、近くのテーブルに座った男性がベジタリアンで「なんだってハムやチキンをだすのだ」って大きな声で怒りだし、もう私の食欲も失せて、早々に引き上げた。
14階に戻ってきて部屋に戻るにも、必ずカギ係りさんへカードを渡してカギを受け取るシステム。カギ箱も彼女の足元にしっかり仕舞ってある。「何時に部屋の掃除に行きましょうか?」と聞かれて、すぐに返事ができなかった。私のロシア語ちからはそんなもの。と、彼女は今度は英語で聞いてくる。英語も答えられないよ。
「12時に外へ出るからその後に掃除してください」とやっとロシア語で言えば「あなたロシア語しゃべることできるじゃないの…」と笑ってほめてくれた。「ああ、まあちょっとだけ」。
部屋に戻りゆっくりする。テレビのニュースでは各地の異常気象を報じているようだ。大風のドイツ、洪水のイギリス、そして、津波のことも。支援の輪が広がっていることを伝えている。天気予報では「モスクワはプラス3℃、暖かいですよ」。
昼12時、シューラの車が迎えに来る。きょうは、シューラの子どもとマラトの子どもとの4人で市内めぐりに出かける。一番の目的は「本屋」へ行くことだ。車は後ろの席にかわいい子ども達を乗せて、いざ「赤の広場」へ。中心部の車はすいており、流れはスムーズにすすみ、駐車場もすぐにみつかった。
車を降りて、「赤の広場」を歩く。冷たい風が吹くが私の気分は最高絶好調。大好きな「赤の広場」にまた立てた喜び、なんと幸せ者だろう。
「寒くないか?」と心配をしてくれるシューラたちだが、「こんなすてきなモスクワですもの、寒さなんか平気よ」。モスクワッ子たちもまったく平気に歩いている。
「赤の広場」から一旦車に戻るつもりが、結局歩いてあちこちへ行く。「
クレムリン
はまた今度朝からゆっくり来よう」と約束をした。きょうはシューラは芝居出演なのでゆっくりはできない。
めざすはアルバート通りへ。途中シューラの学び舎「国立演劇大学(ギーティス)」を見に行く。【写真】外からだけだったが彼がすごく誇りに思っていることがわかる。俳優シューラは18歳の秋からここで4年間俳優になるための大学教育を受けている。卒業後ユーゴザーパド劇場やテレビ・映画で俳優として大活躍している。
「もっと勉強したい。演出家としても学びたい」と04年の秋からまたこの大学へ通っている。とても多くの学問課題:歴史学、劇場史、哲学、文学、絵画、音楽、演出学などを現役俳優業をこなしながら学んでいると言う。専任教授は、ユーゴザーパド劇場の
名演出家ベリャーコビッチ氏
であり、ともに超多忙な毎日を過ごしているのです。
前述の
オリガ アビロワ
さんもまだここの学生です。
アルバート通りの中ほどに建つ美しい建物
俳優会館の前で俳優 シューラ ゴルシュコフ
ちょっと遅い昼食は子どもたちのご希望の大人気のマクドナルドへ。私も朝食がお粗末だったので、ここでしっかり食べる。ビッグティーストとサラダとアイスクリームとポテトフライにコーヒー。4人でテーブルをいっぱいにして食べた、食べた。店内は混んでおり酔っ払いのお兄ちゃんが子ども達をからかっていたり、恋人同士が熱い抱擁をしていたり…。
真ん中にあるマロージナエ(アイスクリーム))が美味。
あちこちでのんびりしすぎて、今夜出演の俳優シューラは、「そろそろ時間が心配だ」となり、当所行く予定だった「
ドームクニーギ
」(大型本屋)はまた今度となった。子どもたちは少々不満そうだったが、俳優が舞台開演に間に合わないと大変だから、戻ることになった。
【写真は午後1時半頃の赤の広場風景】
ちょっとのつもりがとてもたくさん歩いて遠くへ来てしまったと知る。
赤の広場前の
グムデパート
は、すっかり日が暮れて電飾がきれいになっている。【写真下】
30分以上の距離を歩いて車に戻る。やや疲れて車の中で、私はマスクをして、ちょっと眠った。車の排気ガスがとてもつらい私だから、マスクは車の中でも必需品、運転手はモスクワ中心部から南部への大通りを走る、走る。
シューラ運転手は一度自宅に寄り荷物を運び、つぎに私をいったんホテルサリュートに降ろしてくれて、「後で歩いて劇場までおいでよね」
いったんホテルへ戻れてよかった。半日外を歩き回ったので、顔も洗いたいし、小休止もしたかった。でもすぐに時間は過ぎ、午後6時40分ごろ、急いで劇場へ走るように歩く。
キエフ出身の作家ブルガーコフ作の超大作「巨匠とマルガリータ」はここで3回目の鑑賞となる。舞台の床に敷かれたトタンと吊り下げられているトタンが怪しい光を放っている。
悪魔のヴォウランド役は、人気俳優ヴィクトル アビーロフのあたり役で、03年5月の来日公演では彼が悪魔そのもののヴォオランドを演じて拍手喝采だった。が、昨年夏、彼は病気で亡くなった。劇団員、観客、世界各地のロシア演劇ファンを悲しませる出来事だった。
いま、彼にかわりヴォオランドを演じているのは、演出家ワレリー べリャーコビッチ氏だ。いやあすごい。教養あふれ色気もいっぱいのヴォオランドとなっている。ゾクゾクしてしまう。
シューラ演じる
劇場支配人ヴァレヌーハ
は、彼の得意技を見せてくれる怪しい役回り。舞台の上での存在感が以前にまして大きい。
俳優総出といってもいいくらいで、壮大なテーマの原作に忠実に沿って話はすすむ。エネルギッシュで音楽と照明がいつも美しすぎる。とてもきれいな舞台だ。
途中休憩のとき、日本人学生グループとお会いした。うらやましい。毎晩ここへ通うことができるなんて、と思う。
3時間半の長時間の芝居があっと言う間に終わった感じ。夢中で見た。ロシア語せりふも耳に入ってくる。わからなくとも耳の中に入ってくるロシア語に気分はとても良い。
後で聞いたら、
俳優マクシム
が舞踏会のあいさつのシーンで、私に向けて手をしっかり振ったそうだが、気がつかず失礼をした。私はたぶんその場面のシューラの役柄の女形をみていたのだろう。太めの身体に似合う、しゃれたスーツ、白い髪のかつらをつけ、ハイヒールでスマートに群舞をする。以前見たときとスーツがかわった、と見ていたのだった。
終演後、劇場の前で俳優を待つ。ご機嫌で出てきた俳優とホテルまで「歩きたい」とのこと、俳優は仕事を終えた達成感にあふれ、少々の疲労感も気持ちがいいものだろう。
メイクをおとしただけで外に出てきたので「お茶が飲みたい」とも。ホテルの小さいがきれいな喫茶室でお茶を飲む。なにかとおしゃべりがはずむ。一番は「ベリャーコビッチのヴォオランドはどうだったか?」私の拙すぎるロシア語を駆使して「格好よかった」ことを伝えると、「ぼくらの大事な『巨匠とマルガリータ』だからベリャーコビッチもすごく力を入れている」。
ここで、シューラが私にすすめてくれた「イチゴの生クリームパフェ」は、ほんのり甘く生クリームがとても美味しくって気に入ってしまった。乳製品の美味しさはたまらない。
もう、すっかり遅くなった外は雪が舞っている。明日は雪が積もるのか?お茶を飲んで満足した俳優は雪の中をまた劇場の方へ帰っていった。
☆ 1月11日(火)モスクワ 雪のち曇り
〜〜芝居は「じゃじゃ馬ならし」
ホテル朝食 茹でソーセージやチーズ、卵の料理などならび食べる。パンは食べなかった。昼は、ビジネスランチ=ボルシチ、チーズとスビョークラのサラダ、チキンカツと付け合せにそばの実、さくらんぼのジュースと紅茶とケーキ 大満足
夜は食べず
やはり午前3時ごろ目覚めて、外を見ると道路の街灯の下を横殴りに雪が降っている。外は雪が積もっている。「明日(というかきょう)は寒いのかな」とやや気をもみながら、さてどんな計画にしようかな?
シューラたち俳優やスタッフは、午後の時間稽古をしたり、打合わせをしたりで、いつも忙しい。
レパートリー制度の公演日程
は、2ヶ月前には発表されて、切符も売られていく。俳優もそのスケジュールで私生活も、稽古や打ち合わせも進めていく。稽古は自分だけの都合で変更できないし、よりよい物を作りだすことが使命の俳優には、絶対に必要な時間だ。きょうはシューラに会えない。「寒かったら部屋で本でも読んでいましょう。夕方からのお芝居に間に合えばいいのだから」。そんなことを思いながら、また眠った。
ほんのりと外が明るくなる午前8時半ごろ起き出し、外を見れば雪はもう降ってはいないし、風もそんなに強く吹いてはいない。テレビの天気予報は「温かいモスクワです。気温はプラス3℃です」。
道は雪解けでぬかるんでいるが、凍りついてはいない。よかった、これなら歩き回れる。モスクワ市内探検に出かけることとする。
ユーゴザーパド地域はモスクワ南西部の住宅街で、地下鉄もいまはここが最終駅でその周りは、交通機関の集合地となって通勤時間帯は相当の混雑となっている。
昼12時に外へ出る。財布などをいれた小カバンは肩からかけて、毛皮コートの下にある。手には地図や小物を入れたカバンを持った。
地下鉄の5回乗車カードが60ルーブル。まずこれを窓口に並んで買う。自動改札に入れるときはいつもドキドキしてしまう。がちゃんと閉まったときは恐い。さて、地下鉄に乗ってどこへ?
まずはアルバート通りへ、昨日も来たが、通り過ぎただけ、なにか面白いものはないか探そう。高級おみやげ屋には、きれいなマトリョーシュカ、ロシアのサンタクロースおじいさん人形や青い焼き物のグジェリ焼きなどを、見るだけのお客を楽しんだ。
通りでは、どうも私はロシア語圏の人に見えるようで、道を聞かれるのです。思い切りロシア語で。「ごめんなさい。私は外国人です」って言うと驚くのですよ、みなさん。
遅いお昼は、アルバート通りのこじゃれた喫茶店で、ビジネスランチ+ハーブ茶=250ルーブル(1000円相当か)、高い値段ではあるが、落ち着いて静かに美味しくいただけた。
身体も温まり気分も良く、昨日行けなかった「
ドームクニーギー
」へ行く。ここは日本の丸善のようなところで、文具、音楽CD、各種の本、地図などとなんでもある大型店です。入り口の小型ロッカーに外で着ている毛皮コートやカバンを入れて、カギを閉める。身軽になって本を探す。
ロシア語教材や英語や他の外国語教材が多く並んでいる。ベストセラーもの、料理やインテリア本、コンピューター関係本などなど、日本の書店の風景と同じだ。
ユーリー ノルシュテインの絵本は探せなかった。「日露会話」の本を買う。まずロシア語例文があって日本語とそのキリル文字表記があるちょっと面白い本、例文の内容はソ連時代の日露の関係が色濃いもの、これも面白い。
さて、時計をみれば、午後5時近く。帰宅のラッシュに遭遇するのもイヤだ。それにお芝居の始まるまでの短い時間でもいったんホテルの部屋に戻りたい。一目散で、ホテルへ戻ることにする。
乗った地下鉄車両のスピードの早さに少々驚いてしまった。駅間の距離が長いのだから当然だが、鉄の塊のフルスピードだ。気になると怖くも思える。
地下鉄ユーゴザーパド駅は大勢の乗降客で混んでいる。人の流れについていったら、違う出口に出たようだ。景色から方向はだいたいわかるが、確認のために行き交う人の中からだれかに道を聞いてみることにしよう。たくましいロシアのおばさまに「ユーゴザーパド劇場はどこでしょうか?」「劇場はここをまっすぐ行くのだよ。そうだね、歩いてすぐだよ。」と指を差して教えてくれる。
途中で今夜の舞台で活躍する俳優に贈るための薔薇の花を買う。ちょっと元気のない赤い薔薇で心配だったが、ホテルの部屋で水切りをしてペットボトルにさしておいたら、短い時間の間に元気になってくれた。
今夜の芝居は「
じゃじゃ馬ならし
」。以前もここで見たことがある。その時シューラは「僕はちょい役で出演なんだ」と言っていたし、ホントに最初と後半だけの出演の「マンチャッツの男」の役だった。今回もそうだろうと勝手にきめていたら、今回の役は、出番の多い「ビオンディロー」だった。事前にちゃんと情報を得てくるのだった。
娘の結婚話なのだから、原作はみんな若い出演者のはずだがこの舞台はかなり無理があるなと思う。求婚者役がお父ちゃん役でもおかしくないし、娘役のふたりの女優が、どうみても、たくましいミセスに見えるし、それも姉と妹の役も逆ではないかと思えて、しばらく間違ってみていた。妹がじゃじゃ馬なのかと…。せりふ劇なのだから、これはせりふがわかるともっとすごく面白いだろうが、どんどん舞台に引き込まれていく。
この劇場の舞台は、ほとんど大道具を置かず、俳優の演技の技と力と音楽と照明が、見るものを別の世界に確実に連れて行ってくれる。はじまりはあれれと見ていた女優達がとてもチャーミングな娘達にみえてくるからお芝居とは不思議なもの。
衣装も出演者の人間関係をひとめでわかりやすく教えてくれる。だれとだれが主従の関係なのかなど、同じ色の衣装のデザイン違いですばらしい。この劇場所属の女優が衣装に特別の才能があり、多くの芝居の衣装を担当しているという。
これは「じゃじゃ馬ならし」を、もう一度読みたい、読まねばと思った。だんだんと気持ちが元気になった。
お芝居を終えて満場の拍手喝采をあびる俳優たちの笑顔。今日の私の席は一番前なので、赤い薔薇の花をシューラに渡す。俳優には最高の喜びでしょう。満面の笑顔で喜んだシューラです。私は休憩後の2幕目から手に薔薇の花を持っていたので、シューラは気がついていたそうだ。受け取った薔薇の花を俳優仲間に見せびらかしていた。
終演後のシューラは、先輩俳優のコパロフさんとともに車で私をホテルまで送ってくれた。明日の予定を短く打ち合わせる。当所、明日はマラトの案内で市内観光に出かけ、その後シューラの芝居公演の違う劇場へ送ってもらう予定だった。
が、「ひとりで地下鉄に乗って行きます。前に行ったことのある劇場だからひとりで行けます」と言えば「ひとりで行けるの?心配だなあ。大丈夫ですか?」「ええ、私はロシア語話しますから」。シューラは「そうだね」と笑っていた。シューラはマラトに電話をしている。マラトの仕事を減らしてしまった。
☆ 12日(水)モスクワは晴れ・曇り
〜「
巨匠とマルガリータ
」ノトベネ劇団
きょうは 朝食 ホテルの暗いレストランでいつもどおりに。でも、たくさんしっかり食べる。昼食 りんごのケーキとコーヒーやジュースなど。夕食 芝居の前にサンドイッチとお茶など。深夜グルジア料理
気温はプラス3℃とも5℃とも天気予報は言っている。外は久しぶりに明るい空。まるで春だ。やはり午前中はのんびりして、昼にホテルの部屋を出る。
きょうの芝居は「巨匠とマルガリータ」をタガンカ駅からちょっと歩いたタガンガ劇場別館ビソツキー博物館小劇場(ほかの呼び方もあるのかもしれない)へ。ここは、04年1月にシューラといっしょに地下鉄で行き、わかり易い場所にあるのできっとひとりで行ける。
きょうこの芝居があることは、モスクワに到着してから、教えられた。
昨年夏、
ノトベネ劇団のホームページアドレス
がある日突然消えてしまい、日程がわからなかったのだ。公演を見ることができるとは驚き、とてもうれしい。ぜひ、もう一度見たいと思っていた願いがかなう。
地下鉄の中では本や新聞などを読んでいる人が多い。居眠りをしている人はいない。環状線乗換駅から地下鉄駅の装飾を見ていこうと、ひと駅ずつを降りたりしながら、外の明るいうちに劇場の位置を確認をしておきたかったので、タガンカ駅へ到着した。
タガンカ駅の前には有名な
タガンカ劇場
がある。その劇場のポスターを見ていたら「ビレット……」(切符)という言葉が聞こえ、なにやら紙を手にしている男がそばによってきた。決して恐い感じではないが、ここのビレットはいらないから首を振ったら、男はなにもないように向こうへいった。ダフ屋さんだったのだろう。
ちょっと横丁に入ったところに今夜の劇場がある。場所を確認して、通り過ぎたら私の後ろからお尻のあたりを触るものがある。「きゃっ」と飛び上がったら、なんと犬が、それも大型犬が私に興味を示し鼻を近づけてきたのだった。ああ、驚いた。モスクワは犬の放し飼いが多く、飼い主がいない犬も多くいる。今回あちこちで犬を見る、どれも大きくって、犬嫌いなら
たまらないだろう。私は犬と話ができるので「驚かせちゃあダメだよ!」って言ったけれど日本語だったので彼女には通じなかったと思う。
タガンカ劇場の1階にはしゃれたイタリア風喫茶店がある。美味しいコーヒーが飲みたくってそこへ引き込まれるように入った。この喫茶店は日本の繁華街のどこかにありそうなインテリアで飾り、私には「あれ?どこにいるのかな?」と思えるもの。
アップルパイと甘そうなチョコケーキとコーヒーを注文した。待つ間に、店の入り口においてあった
無料誌
を手にした。モスクワ文化情報誌のようなもので、音楽・演劇・展覧会・スポーツなどの開催情報と、後ろの方はちょっと危ないお店の情報も掲載されている本を見る。
芝居の情報には、ユーゴザーパド劇場案内が載っていないではないか。モスクワのはずれにある小さな劇場は、評論家たちも見てくれないので評価されにくいが、見てくれる人は高い評価をしてくれる・・と以前聞いたことがあり、こういう情報誌にもとりあげられないのかと、ちょっとさびしく思いその本は、カバンにしまった。
喫茶店で一息ついたので、また地下鉄に乗る。繁華街のクズネツキーモスト駅で降りてぶらぶらと町を歩く。明るい。太陽がサンサンとはいえないがモスクワの冬とは思えない日差しと暖かさで、お店のドアも開けてあるところがある。異常な風景だ。「春みたい」。
歩きながら、
ツムデパート
の前にやってきた。ここは、庶民的なデパートで日本の大型スーパーのようお値打ちなものもある、はずだったがすっかりかわってしまった。
【写真はツムの前のツリー】
1階は化粧品コーナー。2〜3階は衣料品だが、どれもこれもめちゃくちゃ高いものばかり。なんでもないセーターが日本円に換算したら4万円以上!!もうびっくりしてしまう。以前あったロシアの手づくりお土産品等のコーナーも消えてしまい、輸入家具や雑貨のお店が多くある。当然どれも高い。
各階エスカレーター前には強靭な男たちが黒いスーツで保安係として立っている。店の中にも販売員とは別に保安係がいる。ここだけではなく、さっきのタガンカの喫茶店もそうだったが、店の入り口にはどこも保安係が客の動向を見張っているのが、モスクワだ。
つまらないツムを後にして、劇場がならぶ通りや公園を歩く。本屋を探していたが、うまく出会わなかった。でも、地図の専門店、お菓子屋、靴屋(あまり興味なし)などに入ったりして、人通りの多いところを歩くようにしていたら、地下鉄駅に出くわし、地下鉄に乗ってどこかへ行こう。
が、どうも地下鉄を間違えたというかぼんやりしていたので、タガンカ駅方面に行く地下鉄に乗ってしまい、ちょっと早いがタガンカ駅で降りることにした。
タガンカ駅に着いたら外はもう薄暗くなってきている。と、地下鉄の出口を間違えたようで、外の景色は昼間見たところとは違う。目の前にいる、たくましいおばちゃまに「タガンカ劇場はどこですか?」と聞く。と、親切な彼女は、「まあ、地下鉄の出口を間違えたね。ほら、あの道を渡ってずっと行けばあるよ」。しばらくいっしょに歩いてくれてというか、行く方向がいっしょで、「ほらそこを渡って。まっすぐ行くのだよ」。
タガンカ劇場が見えたらもう今夜の劇場はすぐわかるので、あたりを歩き回ってみる。小さく見えても大きいロシアの建物、近くに見えても遠いし、狭く見えても広い通り・・。車の多い通りのすぐそばには教会の建物がすぐ近くに大きく見える。
きょうお芝居がかかる会館の名の、ビソツキーはタガンカ劇場に所属していた超有名俳優であり歌手。ちょっとだみ声で個性あふれる俳優。亡くなっても、ファンたちは大勢いるし、CDも本も売れている。このビソツキーの博物館にもなっている建物のなかに小劇場がある。芝居の開演を喫茶室で待つことにする。
演じるのはノトベンという名の小劇団。演目は「巨匠とマルガリータ」。これは04年1月にもみたもの。もう一度ぜひ見たいと思っていたもの。シューラが仲間とつくっている劇団で、彼の演出での「巨匠とマルガリータ」はユーゴザーパド劇場とは違う魅力ある芝居に出来上がっている。
シューラは演出に、舞台監督に、主演の白いスーツ姿のヴォウランド役もこなす。ちょっと滑稽味のある、でも怖い怪しい悪魔のヴォウランドになっている。
開演とともにヴォオランドは芝居をぐんぐんひっぱっていく。舞台で歩く姿の美しいこと。舞台の上で歩くことだけのことで、役の気持ちが表現されている。俳優になるために生まれてきた人なのだろう。いあや、素晴らしい。
休憩をはさんで2時間の芝居を1・2階席満席状態で見る。昨年はまだ新作発表から2回目の公演だったので客の入りも少なかったが、今回満席ということは評判が高いということだろう。若者たちが多いように見える。
終演後には「俳優との交流会」が予定されていることが宣伝されている。その会場の喫茶室でシューラを待っていたら、着替えたシューラが外から手をふり私をよぶ。交流会は参加しないそうだ。
暗い庭に止まっていたシューラの車の後ろに乗り込んでからびっくりした。助手席にでかい体の若い男性がいた。シューラと同じ演劇大学のベリャーコビッチ教授の学生デニスさんと紹介してくれる。
「彼を送るから」と車はモスクワ市内をどこをどう走っているのか私はわからないが、相当なスピードで走っている。俳優ふたりは盛んに「巨匠とマルガリータ」の話をしている模様。私にはロシア人同士の会話が理解できないので、それを半ば子守唄にして、ちょっと一休みで、後部座席に埋もれていた。目の前のデニスさんの坊主頭の後頭部には、幼いときのだろう傷跡が大きくある。かなり重症だったと思う。
彼の住まいの近くに着いたようで彼は私にも丁寧なあいさつをしてくれた。
シューラはそこから「大都市モスクワを車は走ります」と言って、走ること走ること。モスクワは大きい町だなあと思う。
途中ガソリンを入れる。「ガソリン臭くってごめんなさい」とシューラが謝っているが、私はずっとマスクをつけていたので、その臭いがしなかった。マスクに感謝です。
私も実は空腹だった。芝居の前に喫茶店で小さなパンを食べただけ。「なにか食べたいなあ」と言えば「どこでなにを召し上がりますか?」って聞かれても、私は知らない。いま向かっているのは私のホテル、シューラの家の方向つまりモスクワ南西部へむかっている。そうだ以前行ったことがあるグルジア料理の店がいいなあ。
1時間くらい走っただろうか。車は混んではいない。雪も降ってはいない。いきなり泊まっているホテルサリュートが目の前に飛び込んできた。サリュートは環状線の交差する位置に建っている強大なホテルなのだ。「もうすぐ(ユーゴザーパド)劇場だね」と言っているまに、もう暗くなっている劇場を通り過ぎ、昨年1月にも行ったレストランに到着した。
レストランの女性係に「日本の名古屋からのお客様が美味しいものを食べたいと言っております」などと言って、彼女を笑わせている。空腹ではあるが、そんなにたくさん食べることはできない。シューラが食べるものをわけてもらうつもりで注文は彼に任せておいた。「僕は魚が大好きさ」と魚料理が並ぶ。サーモンとトマトの天火焼きなどはまるで焼き鮭で、「これは日本の味、ご飯が欲しい」って叫んでしまった。肉饅頭は「中の肉汁を先に飲むこと」と教えてくれる。それがおいしいこと。チーズコロッケは熱々を食べる。グルジアワインをもちろん私だけが飲む。話もはずむ。
私のロシア語ちからがあれば俳優にききたいことがいっぱいある。ブルガーコフのことシェークスピアのこと、ゴーゴリーのことも。でも、ダメだな。シューラは「何でも良いから話すこと、思っていることを唇に乗せることだ」といつも言って私のロシア語を応援してはくれるが、彼らの大いなる努力があって話が通じ合っているのだと感謝している。
でも、「巨匠とマルガリータ」のその後を話題にして、いまヴォオランドを演じてきたばかりのロシア俳優の素晴らしい作品解説を教えてもらうことができた。もっと読み深めよう「巨匠とマルガリータ」を、もっと知りたい作品だから。
「そうそう、きょうタガンカ劇場の1階の喫茶店に置いてあったこんな情報誌、ユーゴザーパド劇場のこと載っていないよ」、とシューラに本を見せる。俳優は一番に「劇場案内」を読んでいる。そして私に本を返して指差して笑っている。あるじゃあないですか、ユーゴザーパド劇場の案内が。どこを私は見ていたのだろう。ファンとして大失態です。
シューラは演出家としてきょうは午前11時に劇場へ入ったと言う。その後ほとんど何も食べずに稽古や本番に入ったのだった。「何も言わなかったが実はお腹が空いていたのです。満足しました」。たしかにしっかり食べて元気になったようだ。
深夜1時半だった。「日本は朝です。『おはよう』の時間です」なんて言いながら、いい気分でホテル前まで送ってもらう。「明日は2時に迎えにくるよ」とシューラ。「いやあもうすぐ2時だよ〜〜」。
☆ 1月13日(木) モスクワ 曇り
〜〜「
歌との出会い
」劇場のお祭り
朝食はぬく。昼はホテルの喫茶でホットサンドイッチにイチゴの生クリームパフェ、夕食は、サラダ、ハム、ケーキにメロンに いろいろ。
もうすぐ午前2時になるころ、さすがに酔いも手伝って眠くてたまらず洗顔だけして眠る。朝食も取らず午前中ベッドにいる。が、睡眠時間そのものは、細切れであまり眠っていない。体内時計はいまだに調節具合が悪く睡眠をどうしたらよいのか困っている様子がわかる。これはどうしようもない。
昼12時ごろ、朝昼食兼用で1階の喫茶店に行く。トマトのサラダ、ホットサンドイッチ(日本で食べるようなホットチーズサンド。はじめてモスクワで出会いうれしい)、紅茶、前に食べたイチゴの生クリームパフェ。美味しかった。満足する。
部屋に戻りロシア語の勉強をする。きょう、お会いする彼女へのあいさつを予習しておく。
午後2時シューラが迎えにきてくれる。曇り空、でも寒くはない。シューラのママ リューバさんのお家へおよばれに行き、彼女のママつまりシューラのおばあちゃんにごあいさつにいきます。
リューバさんの家も近くで、途中のスーパーで、おばあちゃんが好きだというリクエストのあった果物とジュース、ママのためにコーヒーを買っていく。
食事を用意して待っていてくれた。ワインもいただきながら、魚と野菜のサラダ・ハムとサラミ、定番のケーキやくだものなどすべていただく。おいしかった。
年金生活のシューラのおばあちゃんは、昔は女優として舞台に出演してとか。「お孫さん(シューラのこと)良い俳優ですね」と言えば喜んで「ああ、いい子だよ、上手い俳優だよ」。おばあちゃんのDNAがシューラに流れているのがわかる。
いまは足が不自由で腰も痛くほとんどベッドの生活という。でも孫のシューラの活躍がうれしそうだ。「足が痛いからどこにも行けないよ」。きっと孫の舞台を見たいだろうに…。
いろいろお話しもはずむ。集合住宅の4階に住む彼女は「日本はみんな庭がある家に住んでいて、庭にはりんごがあるのかい?」「えっっ?」答えに窮した。「いやあ、私の家は庭があってもりんごはない」と答えれば、また彼女も不思議そうな顔。
そう言えば、町を歩いている時に、鳩が地下街に集まっているモスクワの景色を見ながら「日本はお寺に鳩がいる」って言ったら子ども達が笑った。
こういうふうにいろんな情景を知り合うともっと仲良しになれる。いっしょのこともあればまったく違うこともあるのが、世界の情景なのでしょう。
シューラは「先に劇場へ行くから後でおいで」と私に言う。「えっ私ひとりで劇場へ行くのか?」と内心驚いたが、リューバさんもいっしょに行くこととなっていた。おばあちゃんと再会を固く約束して、暖かいママの家を6時過ぎに出て、近くのバスストップから小型乗合バスにはじめて乗る。乗って10分もしないうちにすぐにユーゴザーパド地下鉄駅前だった。そこから徒歩10分ほどで劇場に到着する。
劇場へ着いたとき、暑くって、コートを預けるところに大型のマフラーもつい預けてしまった。これがあとで悔やまれた。
後で知ったことだが、きょうはロシアの旧正月のお祝いの日、「歌との出会い」という特別プログラムは、さてどんなものでしょう。
開演の午後7時前にはすでに、ベリャーコビッチ氏が舞台下手にマイクを持って客席をみている。「こんばんは。こんなかっこうで失礼します。ぼくはいつもこんなので芝居をつくっているのでそのままで……」。キャップ帽子を前後ろにかぶり、タラタラのシャツと軽い素材のズボン。そして「では、はじめましょう。○○○ですよ」って、言っただけで会場が笑い出す。出てきました、シューラとマクシム…太いのと細いのとの組み合わせでの形態模写ですね。そこになにか風刺が入っているのでしょう。客席は大喜びです。
次は、お揃いのしまシャツの群舞やソロなどで次々と観客を楽しませてくれる。ふだんここで大活躍の俳優たちの違った面とも会えるようなもので、客席は大喜びです。
シューラは衣装もメイクもかつらも次々に変え==楽屋は大騒ぎだろう==お得意の顔面表現で客席を盛り上げ、ベリャーコビッチ氏も「ゴルシュコフはこんな口ができる貴重な存在です。」と彼が口を曲げるが、できない。もう面白い。
歌はテープで流れ、俳優たちは柔らかな肉体をつかって次々と表現する。ひとりだったり、チームだったり。歌われている歌のことがもっとわかれば楽しさ倍増だけれど…。
昨日車に乗っていた若いデニス君も出演している。丸顔のやさしい可愛い顔をしている。
私の席は一番前で舞台やつづく楽屋からの冷たい風をひたひたと受ける。舞台で炊くスモークがまともに流れてくるし。最初は暑かったがだんだん汗が冷えてくることがわかる。肩のあたりが寒くなってくる。ああ、マフラー持ってくるのだった。
でも、舞台から目は離せない。シューラが「日本で人気のタトウ」を演じる。あの太い身体にミニスカートで薄いブラウスを着て、歌って踊るうちにブラウスを脱ぎだし、ミニスカートで、側転もしてしまう。あの大きな身体がくるりと舞台で回ったのはみんなも驚いていた。
この舞台の本当の面白さがわからず残念至極。でも仕方がない。例えば、日本のタレントのコロッケが島倉千代子の真似をして、日本人が大笑いをしても旅人の外国人はきっとわからない、それと同じだ。
終演後すっかり身体が冷えてやや不機嫌な私。シューラもなにかあったのかやや難しい顔で、外へ出てきた。すぐにホテルへ送ってもらう。車の中で「どう、思いましたか?」って聞かれた。「残念私には理解できない」。車の中にちょっと重い空気が流れたが、仕方ないない。
ホテルへ着いて「明日も僕は忙しくって、夕方劇場へ来てください」とシューラ。
部屋に戻り、風呂に入って身体を温めてさっさと眠ることにした。風邪をひかないように、要注意です。
☆ 1月14日(金)モスクワ 晴れ・曇り
〜〜お芝居は「
ロミオとジュリエット
」
朝ホテルの朝食はジュースとくだものがほしいと思う。昼は、プーシキン美術館のカフェで。夕食はヨーグルトなど
きょうが最後の日か…。天気も良く暖かそう。雪に埋もれるモスクワの景色は、今回はない。だから歩き回れるのだが、雪景色も見たかった。
普段とはまったく違う脳を使っていることがわかる。ある意味すごいストレスにさらされているのだが、それも快感ではある。ただ、体力もそろそろ弱くなっていることがわかる。眠りは浅く短いし、暖かいと言っても寒いし、外と中の温度差ははげしいし…。
だから、きょうは散歩をしても早く戻ってきて、芝居の前に部屋でいつもより長くのんびりしてから劇場へ行こう。
ユーゴザーパド駅からの地下鉄路線(赤いラインの1号線)はプーシキン美術館に近い「クロポトキン駅」へ直通で行けるので、朝のラッシュが終わったころには地下鉄に乗ろうと駅へ向かう。歩きやすくって良かった。途中、また道を聞かれる。「あ、私は日本人なのですよ」。
最初に、救世主キリスト大聖堂【写真】へ行く。もう、何度も来ている所だ。風も冷たくないので、まずは外の景色を楽しむ。モスクワ河も凍りついているときだが、春のようにでも、暗く流れている。
中へ入るには厳しいチェックを受ける。教会はだれでも入ってよいところ。女性の信者はスカーフなど頭の被り物をする。男性は必ず脱帽する。大勢の信者とともに敬虔な気持ちになる。螺旋階段を下りた地下にも地味な教会がある。のんびり歩き、疲れれば長椅子に座り、静かな教会の中にしばらくいた。
これも後で知ったことだが、シューラはまだこの教会に来たことがないと言っていた。「何度も行こうと思っているけれど」。
通りを渡ったところにある、
プーシキン美術館
へ行く。切符売り場には「外国人は300ルーブル」と貼ってある。ロシア人とは一桁の違いがあるが、「私は外国人です」と申告して300ルーブルを払った。 素晴らしい美術品を見せてくださることに感謝の気持ちとして。
館内はなにかイベントがあったのかあるのか中学生くらいの団体が多くいる。ありゃ、これは絵画の部屋も混んでいるかな?でもそうではなかった。よかった。
マチス・ピカソ・ゴッホ・ゴーギャン・レンブランド・ルーベンスなど世界の名画が何気なくさらりと飾ってある。ピカソの1905年作「玉乗りの少女」と再会した。この絵の不思議さにまた引き込まれていく。四角と円、大男と少女にまず目が行き、見る人によってはつらい絵にも見えるだろうと思うが、奥にある白い馬と子どもを連れた母親の姿に未来を強く感じる。少女は厳しい教えをうけてもきっと大成していく…。いまは辛くとも、そう、未来はだれにでもあるのよ。と私は超楽天的絵画鑑賞眼で楽しんでいる。椅子に座りこの絵と対話をしばらくする。すてきな時間だ。すばらしい休日だ。
むこうには、やはり椅子に座り長いあいだ一枚の絵をみつめる女性もいる。あとでその絵を見にいくと、彼女はずっとゴッホの田園風景の絵と対話をしていたようだった。
喉も渇き少々空腹で、館内の喫茶室へ行き、お茶とサラダと小さなオープンサンドを食べる。ここの小さな飲み物コーナーには、名古屋の食品メーカーPOKKAの看板と商品があって面白い。
そろそろ帰ろうかな。午後3時くらい。預けてあったコートをもらいに行くと係の人生をながくやっている女性がかなり強い調子で言ってくる。
「あんたのコートは、預かり金具フックに引っ掛けるための(襟の下についている)ひっかけ布が縫い付けてないから、ハンガーを使ってかけておいたからね、10ルーブル要るんだよ!!お払いよ」。
彼女が言ったことは理解できた。でも10ルーブル払うのはいやだった。が、たまたま私の隣りにいた女性が、彼女に助勢して「あなたお金を払うのですよ」。私はなお通じないフリをしていたら、預かり係り人生長い女性が「あんたどこから来たのだい?」
「私は日本から」「うまあ、日本人かい?この人日本人だって」と、助勢していた女性に言って笑った。そして、「まあいいよ」なんて言ったと思うが、笑ったその顔を見てちょっとムカッとしてしまった私、と、着かけていたコートのポケットから10ルーブル札がポロリと落ちた。
その10ルーブル札をカウンターに置いたら、「おや、これを私にかい?」とうれしそうなお顔ですごい早さでその10ルーブル札は彼女のポケットに入った。
コートの襟後ろには必ずひっかけ用布などを縫いつけておきましょうね。
プーシキン美術館出口には、中のものを持ち出していないかをチェックするためか金属探知機があり、外へ出るにも並ぶのかと思ったそのとき、いきなり停電をしたのでびっくり。
通路が真っ暗になった。そばにいた観客の男性がすぐにライターを取り出して灯りにしていたが、それは危ない。「しばらく待ってください」と係の声がして、「どうなるのかな。出してもらえないのかな?」と待っていたら、電気がパッとついてみんなが安心して、外へ出してもらえた。
まっすぐに地下鉄駅へ行く。寄り道をしているときっと今夜のお芝居鑑賞に影響が出そう。乗った地下鉄はナント途中で何度も止まる。時間調節なのだろうか困ったもの。と、乗客の若者がライターを手にしだした。もしも、停電したらこれを灯りにしようと思っているようだ。私はカバンに懐中電灯を持っている、取り出すまではなかったが、持っていることを確認して、地下鉄がスムーズに動くことを願った。
ある駅を過ぎたらなにごともなかったように動き出し、ユーゴザーパド駅に到着した。駅からホテルまでぶらぶらと歩き、ちょっと買い物をした。
部屋に戻ったのは午後4時くらいだったか。お風呂に入り、一眠りをする。これが後を楽にしてくれた。午後6時半を過ぎてから劇場へ出かける。近くってよかった。暗い道ではあるが怖い道でもないし、すぐに劇場が見えるし・・・。
きょうはシェークスピアの「ロミオとジュリエット」。きょうの席は、2列目の中ほどなのでお花などは渡せない。マフラーもちゃんと持って座り、集中した。昨年5月に見たときは、ジュリエットの女優カリーナ ドイモントさんが「あららお年を召されたわね」って思ったが、きょうは若い。すごくかわいい。あまりにも有名なこのお芝居、せりふのロシア語がどんどん耳に入ってくる。シューラはロミオのいとこのベンボーリオを若くまじめな好青年として演じている。すばらしい。
休憩後の後半も、いっそう芝居の世界にどっぷりつかり、もうやたらと泣けてきてしまった。涙がぽろぽろです。若いふたりの悲しい恋物語の悲しみが通じます。客席のあちこちでも嗚咽がもれます。俳優たちも最高に出来上がっていることがわかる。
終演後、外でシューラを待っていると、ジュリエット役のカリーナさんが出てきた。「きょうのお芝居サイコーだよ」って言えば彼女も「そうでしょう!!」とうれしそう。「明日帰りますが、また来ます」と言えば、笑顔で「また会いましょうね」と返してくれる。
「マラトに電話していたんだ」。と遅く出てきたシューラは、車は劇場の前に置いたままホテルまで散歩しながら送ってくれる。「きょうの芝居は良かったよ。私泣いちゃった」と言えば「きょうは(私が)見えなかった」と言うほど、彼らも集中していたのでしょう。
私はシューラの演技力も表現力もどんどん上達していることと、彼の俳優としての蓄えの引出しの中のものが増えて、整理されていることもわかる。“もの凄い人”と、いまいっしょに歩いているようだ。
「モスクワが暖かくってうれしい」と言えば、「来週から寒くなるって言われている。2月はすごく寒いそうだよ」。旅人にはこの暖かさは楽でよかったが、やはりモスクワ市民にはおおいに不満で心配であるようだ。「いつもならマイナス15度だよ」。
シューラは「きょうは忙しかった。もう帰ります、明日は家に来てください」。この1週間とてもお世話になった。また明日お宅へおじゃましてしまうが、ステキな休日が過ごせたのは、俳優シューラのおかげです。感謝するばかりです。雪が舞ってきたホテルの前であらためてお礼を述べた。
ホテルの部屋に入ったとたん、緊張がすべて解けて急に眠くなり、荷物の片付けは明日にしてすぐ眠る。
☆1月15日(土)モスクワ曇り、雪が舞う
朝 ホテルの朝食、スライスチーズが新鮮だった、おいしかった。昼 シューラのお宅で美味しいスープとケーキ、夕食は機内食、しっかり全部食べる。
ホテルの朝食は日替わりでかなりボリュームもある。いつも満足していた。でもきょうで終わり。カギ係の女性に「昼までお部屋を貸してくださいね」と頼んで、朝食後急いでトランクに荷物をつめた。と、言ってもほとんど服だけなので簡単。片付けを終えてマラトが迎えにきてくれる12時までまたベッドに横になっているうちに、ちょっと眠ってしまった。
ターニャさんの作ってくれたビーツのスープは美味しくて大満足する。土曜日の午後、外は曇り空で雪が風に舞っている。お茶と
甘いケーキ
をいただきながら、なんだかんだと話が弾み時間が過ぎていく。
私が「飛行機の中で読む本だよ」と文庫本をマラトに見せた。「日本語を読んで」というので声を出して読むと「きゃあ、わからんなあ」。その本を見て、彼は横に読んでいくものと思ったようで、「違うよ、こうして縦に読むのだよ」と言ったときの驚き。そして、「日本語は横にも読むことができる」と言ったときも、もっと驚いていた。
シューラの「早く用意をしなさい」の言葉に促されて、トランクを最終点検してカギをかけて……。紐で縛るのは手伝ってもらった。
お別れは悲しいです。こんなにみなさんに良くしてもらい、本当に幸せな私です。「また来ます」。「そうだよ、いつでもおいで」。途中で、シューラのママのリューバさんから電話が入り、電話でお別れです。「夏においで、みんなでダーチャ(別荘)へ行こう」と誘ってくださり涙が出てくる。午後4時、ターニャさんにもお別れをして、シューラは劇場入りの時間でいっしょに外へ行き、「またすぐおいでよ。待っているよ」。泣かない、泣かない。私は泣かない。
マラトの運転で空港へ向かう。車の中で「あっ、マスクと薬をトランクの中へ入れたままだ」と言えば「もうトランクは開けられない」なんて言うマラト。いろいろおしゃべりしながら、車はけっこう早く空港へ着いた。雪が風に舞っている、寒い。
空港の駐車場に車を入れてくるからと、先に車を降ろされ、待っている間に通路でトランクを開けて、中から機内持込必携ポーチを出した。これがなければのどを痛める。
空港では東京行きのチェックインがはじまっていた。マラトがいつものようにロシア語で書いてくれる「席は通路側にしてください。となりに女性が良いのですが」その紙をもらい、マラトと「またね」と別れた。マラトは「中へ入るまで見ているよ」と言って私がカウンターに到着するまで見送ってくれた。
チェックインのときにさっきマラトが書いてくれた用紙を見せると「わかったわ」とアエロフロート係の女性は笑顔を返してくれた。
パスポートチェックをしたら後は待つだけ。この空港は椅子が少なく、狭く、待ち場所の確保がいつも問題です。免税店はキラキラと輝いているが………。
ところが飛行機が遅れるという。午後7時20分発が午後8時ごろになるという。さっきマラトが車の中で言った「飛行機とは遅れるものさ」の言葉を思い出し、ひとり笑った。
やっと乗り込めた飛行機の私の座席は真ん中の列=今回は3席ならびの端っこで真ん中は空いており向こう側に金髪の若い女性が座っている。機内中央部で、前の座席は可愛い男の子(もうすぐ2歳)を連れたロシア人ママ。普通子連れは一番前の席とかにするけれども?なぜここなのかな?
前のほうの席で、なにかしら天井の空調に異常があった模様で、最初は客室乗務員がふたりと乗客がばたばたしていたが、そのうちいかにもロシア労働者!!の男がふたり乗りこんできた。一瞬なにがあったのかとびっくりしたが、男たちは「俺らに任せよ」とばかりに天井のふた?をあけて工事する。直ったのかどうかわからないが、彼らの奮闘で騒動は収まり、飛行機は飛び立てる模様だ。
が、「テレビ画面の調子が悪いので、きょうはビデオの放送をやめます」。と放送が入る。
私はまた眠った。耳栓・マスクを装着して、マフラーを頭からかぶり眠った。機内はやや寒い。どのくらい経ったのか飲み物や食事が配られるが、前の席の男の子がよく動くし、泣くし・・・ママがたいへん。通路を隔てた英語を話す女性が助けていた。
この飛行機はちゃんと明りが消えるので、食後は暗くなってみんな寝ている。
日本の上空は気流が悪く揺れる。はじめて一瞬だが急降下を体験して機内に「きゃあ〜」の悲鳴があがった。でも私は遠い夢の中で聞いている悲鳴だった、ひたすら眠っていた。
成田は明るい冬晴れ。やはり成田国際空港は大きい空港だ。前の座席の子連れママを手伝いながら空港の中を歩く。「パパは日本で仕事をしています。迎えにきています」と嬉しそうに言っているがあきらかにへとへと状態の彼女だった。
成田へ到着したのは2時間くらい遅れたのか。腕時計が止まってしまった。税関で「申告するものはありませんか?おひとりだったのですか?」とパスポートをじっと見ている。トランクを開けてください、って言われたら堂々と開けてやろうと思っていた。ただ、乱雑で彼の目がくらむだろうが。
成田空港の宅配便受付でトランクを家に送り、身軽になってJR成田空港駅へ下りる。そして、「うわあ寒い」と震えてしまった。
品川駅で、新幹線乗換えの待ち時間に駅弁を買う。久しぶりの日本の味のお弁当を食べやっとひと息つけた。
家に戻り、モスクワへお礼の電話をしたら、家の中の寒さがこたえる。
それから3日間くらい、日本の寒さに震えていた。寒くって寒くってたまらない。モスクワでは室内は暑いくらいで半そでTシャツ着ていたのに……。
私がいなくなってからのモスクワは、また急に寒くなり、連日氷点下の日々が続いているようだ。雪も多く降り、道路はいつも渋滞しているという。
なんとも私はツイテいる。旅の神様と空の神様に大大感謝です。