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 ロシア旅日記(10回目)

  2004年5月2日〜9日

  春のモスクワ

        

 また、私はモスクワへ呼ばれるようにして出掛ける。春のモスクワを見たい、もう一度、NOTOBEN劇団の「巨匠とマルガリータ」が見たい、「巨匠とマルガリータ」の作者ブルガーコフの墓参りへ行きたい。それらを目的にして。
 冬の入り口の10月、冬の盛りの1月とモスクワを訪ね、花の季節の5月のモスクワの美しさを、確かめたかった。


 









 

 到着後 すぐに劇場へ

  2004年5月3日
 
 3日昼12時成田発のアエロフロートに乗り込む。いつもと同じく機内真ん中の4人並び通路側の席を用意してもらう。機内はほぼ満席だが、モスクワから先へ、フランスやロンドンへ行く旅人が多いようだ。いつもそうだけれど。
 
 今回のアエロフロート機のサービスはひどかった。最初の飲み物サービス、ノンアルコールものは、オレンジかトマトかりんごジュースか水、「氷はいかが?」と聞きもしない。
 食事後は紅茶とコーヒーが1回だけ。サービスカウンターの飲み物も水。以前はジュース類もあったのに……。軽食時は紅茶とコーヒーが1度だけ。お代わりができるものと思っていたので、すごく残念に思う。着陸間近でさっさと片付けている客室乗務員、私はお茶をもらい損ねてしまった。
 

 おなじみとなったモスクワシェレメチボ2空港到着は、午後5時半ごろ。外は明るく、暑い。「気温は18度」とか。出発前、天気情報によると「モスクワは10度以下の気温でまだ寒い」と聞き、着るものに迷ったが、日本の春の服装を用意していった。寒くなくて助かった。

 今回は、空港からすぐに、ユーゴザーパド劇場へ直行して、「ロミオとジュリエット」を見なければならない。
 これはちょっとした賭けです。飛行機が予定通りの午後5時半に着陸して、荷物も諸手続きも順調に行き、迎えの約束のマラトDにすぐ会えて、劇場までをすっ飛ばしてくれれば、午後7時からはじまる芝居に間に合う。果たしてどうなるのか…。神様におまかせしよう。
 
 機内サービスはひどかったが、着陸時間を守ったので、アエロフロートは今回は許そう。荷物降ろしも今回は早かった。諸手続きも流れがよく、短い時間で入国できた。マラトDが手を振っている。そしてあいさつもそこそこに、「早く行くよ」。
 目の前のアイスクリーム販売ワゴンで、マラトDが美味しいとすすめたバニラアイスクリームを食べながら、空港外の駐車場へ急いだ。薄手半コート姿のマラトDは「きょうは暑いよ。昨日まで寒かったよ」。


 道路は車が少なくて驚いた。ここ、ロシアも5月はじめはメーデー休暇などで連休中です。明るく爽やかな風も気持ちよい。来てよかったと思う。が、空気は乾いて、少ない車の排気ガスも、やはり気になる。
 マラトDは快調に走り、「大丈夫だよ。もうすぐだよ」。見なれた高層住宅街が見えてきて、それまでまっすぐに走っていた道を大きくカーブをしたら、劇場前の教会が突然見えてきた。

 シェレメチボ2空港は、モスクワの北西にあり、ユーゴザーパドは南西、モスクワを大きく取巻く外環道路を走ればとても近いのです。市内中心部を横切ってくればもっと時間がかかり、車が少なくともどこかで渋滞にあったかもしれません。
 

 劇場の入り口でマラトDが、係りの女性になにやら言い、地下の喫茶室を案内された。「お茶を飲んで席へ行けば良いから」と、マラトDといっしょに紅茶を飲む。こんな時間があるなんて……、ちょっと信じられない余裕です。
 芝居がはじまる直前に、マラトDが客席を案内してくれ「終わったら外で待っているからね」と、彼は私の荷物を積んだまま帰っていった。彼はこの劇場のすぐ近くに住んでいる。

 きょうも満席で、老若男女が開演を待っています。眠くならないようにと飛行機の中でよく眠ってきたから、きっと大丈夫だ。到着した日としては、快調です。
 
 「ロミオとジュリエット」は00年10月東京公演のときに観て、モスクワで観るのははじめてです。シューラの役はロミオのいとこのベンボーリオ。おなじみの話が、アーチ型装置が並ぶだけの舞台で、リズミカルにはじまる。
 
 若者達のけんかのシーンで、俳優のひとりが腰につけた剣を勢いよく抜くときに、カシャリと音がした。なにか(剣を止めていたリングだったようだ)が、観客席に飛んだ。それも私の座っていた舞台上手(かみて)側の上段の方へ飛んだ。
 私の後ろ、頭上は照明係りの位置、そこらあたりへ飛んだようだ。私のすぐ横を。飛ぶ風を感じたし、音も聞こえた。もし、観客の誰かに当たっていたらきっと大騒ぎとなっていた…。

 「ロミオとジュリエット」は若い男女を中心にした舞台。しかし、今夜は「ちょっと、みんな若さが足りないよ!」と思う。ジュリエット役の女優ドイモントがちょっとお疲れかな?
 
 終演後の午後9時半ごろ、やっと夕暮れとなる劇場の外で、俳優を待った。「また来たよ」ってシューラにあいさつし、昨日も会ったような感覚で「芝居は最初から見たよ」って言えば、「知っているよ、わかったよ」。 俳優が観客の目の前で演じていることは、俳優たちからも客の顔ぶれはわかる、小劇場のおもしろいところです。
 
  すぐにマラトDの車にシューラもいっしょに乗り、ホテルダニロフスキーへ。

 いつもどおりに、旅の打ち合わせをする。今回は、くにさんがモスクワにおり、電話をする。日本時間午前4時(モスクワ午後11時)だった。私はとても眠かった。


 











  5月4日 
 
 この旅にでる前にシューラへ送った手紙には「ノボディビッチ修道院へ行き、ブルガーコフのお墓参りをしたい」と自分の力でロシア語で書いた
 衝撃的な芝居『巨匠とマルガリータ』の作者ブルガーコフはウクライナのキエフ市出身だが、墓はモスクワ市内中心部にあるこの修道院の墓所にある。いままでブルガーコフを知らなかったので、過去2〜3度ここの墓所へ来たが、気にも留めなかった。

 昼12時にマラトDの車で彼らはやってきた。きょうも暑い日です。と、言っても時折吹く風の中に冷たさはあり、私は半そでTシャツにスカーフを首に巻き、冬用のスカートで出かけた。

 マラトDとは、03年と01年の冬に来ている。雪のない季節はきょうがはじめて、緑と鳥の鳴声が墓所ということを忘れさせてくれ気持ちが良い。墓所だが、いやな空気は流れているところは少ない。こういうことに敏感で感じやすいから、悪い気のあるところならば、私は来たりしない。
 
 モスクワッ子のシューラはここへは初めてきたようで、「ブルガーコフがどこにいるか知らないよ」と言いながら、「散歩しながら探そう」と言って、3人でブラブラお墓をめぐる。
 生前の業績を墓石に個性的に表現してある。有名人ほど派手な墓で、生前バレリーナだった人は、その姿をそのままの墓石にしたり、顔写真が入っていたり、楽譜や詩の一部が刻まれたものなど、ここはいったいどれだけの人たちが眠っているのだろうか。もちろん無名の人たちも多くが眠っている。新旧も入り混じり、手入れの行き届いたものからちょっと寂しいものまである。

 マラトDは教養溢れる人で、「これは宇宙飛行士」「これは詩人」「あれはソ連の英雄」などと説明をしてくれる。かたや俳優シューラは、作家、俳優・演出家・音楽家にくわしく、私はいますごい人たちから説明を聞いているのだ。幸せだと思う。が、ふたりはブルガーコフの墓がどこにあるのかと探しているのかどうかわからない。
 私は途中で出会った地図を持って紳士に尋ねた。「ブルガーコフはどこに?」
 もちろんロシア語です。紳士は地図を指差し、私とマラトDに説明をしている。シューラが「偉いねえ。ロシア語上手だね」と私を誉めてくれた。「えへん」。

 ブルガーコフの墓はあの偉大な小説を書いた人にしてはとても地味な小さな墓。日本式というか仏式で両手を胸の前で合わせてお参りしてきました。「あなたと出会って私はとてもうれしい。もっとあなたのことを勉強します」と。

 (写真:手前の丸い石が偉大なる作家 ブルガーコフ氏の墓。小さくて見逃すような墓です)

 
 3人は空腹で遅い昼食へ。グルジアレストラン「ピロスマ二」はこの修道院の入り口から公園を渡ったところにある。「モスクワに住んでいる僕が知らないのにどうして日本人が知っているんだよ」とシューラが笑っている。

 マラトDとはもう3度くらい来ているのかな?シューラははじめて来たと言ってとてもうれしそう。グルジアワインとチーズ、ヨーグルトは疲れを癒してくれる美味しさです。

 今夜はユーゴザーパド劇場でシューラ主演の「結婚」を見ます。
主人公のアガーフィアは、劇場の人気者です。私もきょうで3度目の御目文字ですが、とても楽しみでワクワクします。
 なによりその主演俳優は、いまチキン料理を食べ、私に「もっと食べなさい」と言ってくれています。
                                           
(写真:シューラ演じる
  大人気のアガーフィヤ)



 
 マラトDの車で俳優とともに劇場へ入る。ちょっと早めに劇場へ着いたのできょうもカフェに早めに入れてもらう。
 俳優たちは劇場へやってきてカフェで「俳優用食事」を食べる人、お茶を飲む人、煙草をふかしている人、なにか議論している人などいる。開場の午後6時半になると、彼らはさっと楽屋へ行き、芝居の準備に入いる。

 ゴーゴリ―作の「結婚」は、ぜひ日本へ持ってきて欲しい演目です。シューラが主役のアガーフィヤを女形で演じます。「歌舞伎の手法にある男優が女を演じるのを取り入れた」というのですが……。
 抱腹絶倒です。計算されつくされ、余分はないが余裕は充分にある舞台は、楽しい限りです。さっき墓所を一緒に歩いた俳優がいま大勢の観客を楽しませている。

 終演後はマラトDが、私をホテルまで送ってくれた。


  

5月5日
 
 きょうは、くにさんと会う約束をしている。「赤の広場」に面して建っているグム百貨店の噴水前で待ち合わせをした。私はひとりで町をぶらつきながら、早めにグムへ行く。
 驚いてしまった。ちっともおもしろくないグムに変身してしている。03年の正月にはもっと、ロシアらしいお店もたくさんあったのに、いまはヨーロッパやアメリカの高級ブランドの化粧品・衣料品・皮革・スポーツ・靴・宝石などのお店ばかりで、日本のデパートのようなもの。集客の対象はあきらかに「ロシアのお金持ちいらっしゃい」です。

 たしかにエスカレーターで3階まで上っていけるようになったし、トイレは白く明るく清潔となっているが…、とてもつまらなくっている。もう来たくはない。
 
 くにさんと、高級ホテルのひとつナショナルホテルの喫茶室に行き、評判の美味しい紅茶を飲みながら、彼女のモスクワ生活の喜びとちょっとの大変さを聞く。

 たくましい限りの女優くにさん=野崎美子さん。「もっとロシアのことが知りたい」と6年間この町で暮らしているからこその要求が、いまどんどん湧き出てきていると言う。
 「モスクワでの次のステージを創りだすことがはじまる」とも言う。

 日本とロシアの演劇・放送・映画などの橋渡し役としても大活躍しならが、そこで起きている様々な双方の抱えている大小の問題に機敏に対応しているくにさん。このロシアが大好きなくにさん、人間が大好きなくにさんです。
 (写真*「チェーホフの中の女たち」
  くにさんとモルドバ出身で日本と世界各地で活躍の女優ダニエラ。)






 「オペラに行きましょう」。日本大使館近くにある「ガリコンオペラ劇場」へと行く。途中小さな立ち食い屋でビジネスマンに混じって、ボルシチスープとパンをかじって、お腹を少し温めてから、劇場へ。
 これがまたおもしろいオペラ劇場です。ロシアではよくある大きな建物の中の小さなドアを開けると、別世界へ入っていけるという劇場は、廊下にいろんな椅子が並んでいる。
 
 また小さなドアを開けると客席がコの字型に舞台を囲んでいる。大きな身体の客同士がひしめき合い、楽団員たちは客席の間を通って、楽団席に着き、またまた重なりあうように楽器を弾く。くにさんと私の席は指揮者のすぐ後ろの2列目で、手を伸ばせば指揮者の背を押せる距離で、もう1歩前に行けば、バイオリン奏者のバイオリンに手が届く距離で、目の前のフルメンバー楽団員の迫力に驚く。
 舞台の高さはあるが小さくって、日本の学校の体育館のほうがもっと大きいと思う。が狭い舞台ならではの、装置や照明におもしろい工夫がされている。
 この小さい舞台だから出演者も数も少なく時間も短いものだろうと勝手に思い込んでいた。がそれは違って、大勢の出演者と、途中休憩もあり、迫力の歌手の声量と歌唱力は、「思い込みごめんなさい」と誤らねばならないものだった。
 

5月6日



 きょうは寿司パーティです。シューラの家で、シューラ家族とマラトD家族のために、寿司をつくる。今回のシューラからのリクエストは「家族のために寿司を作って」だった。
 私ひとりではとても出来ないが、くにさんが居てくれるから、「作りましょう」。

 日本から持ってきた寿司素材(あげ、かんぴょう、干ししいたけ、のり、かもぼこ、でんぶ、粉酢など)、それに寿司桶とおしゃもじも。
 

 モスクワで買って用意するものあり、マラトDといっしょに買いものに出かける。日本食材の店でお米を買う。冷凍マグロ柵が欲しかったがこれは値段が高くって、あきらめた。日本食材の店には、食材だけではなく、箸やきゅうす、お盆、花瓶など「日本物」やゆかた、ぞうりも売っている。日本酒もビールも。でも、どれも飛行機料金が加算されて値段が高い。
 
 「魚が欲しい」とマラトDに言えば、「じゃあ、別の店に行こう」と車を走らせてくれる。きょうも暑く、空気が乾燥してぴりぴりと肌に突き刺さるように感じる。モスクワ東北の超大型スーパーへ行く。日本人の「魚」のイメージとモスクワ市民の「魚」のイメージが違うものであることをここで知る。
 彼らにとっての魚は、河かはるばる遠い北の海で捕れた背の青い魚、それもかなり時間が経たもののようだ。魚にうるさい私はその売り場の生臭さに、近くに寄ることもできなかたっし、買うこともできない。
 マラトDはさかんに「どれがいいのか?」って聴くけれど、「だめ。これじゃない」。結局、鮭の半身の塩付けとイクラを買った。この大きなスーパーへ来る必要はなかった。大きすぎて、ここは疲れてしまった。

 シューラ宅で大騒動をしながら寿司をつくる。と、言っても私は少々動きが悪い。くにさんのおかげで、握りやまき寿司、手巻きもちらしもたくさん出来る。
 手巻き寿司はどうも彼らはどうしたら良いのかわからずの不人気だった。イクラの軍艦巻きはおもしろがっていたが、イクラはロシア語。彼らには珍しいものではない。一番人気はくにさんが家でつくってきてくれた「肉じゃが」だった。

  

  5月7日

 きょうは午後、マラトの家に行き、夕方は「旅籠屋の女主人」の芝居を見て、夜9時と言ってもまだ明るいから、シューラとあるところへ出かける約束をしていた、が……。

 最悪の日となってしまった。起き上がることもできないのだ

 ホテルの朝食は軽くいただき、あとは、マラトが来てくれる昼まで寝ていよう。
 迎えに来た、マラトDに「ごめんなさい。きょうは気分が悪く寝ている。申し訳ない。みなさんによろしくお伝えください」とあやまるしかない。マラトDは残念そうに帰っていった。

 シューラにも電話をしてあやまった。でも、なんとか夕方までに元気にならないかと思ったが、無理だった。明日は帰国する、もし飛行機に乗れなかったり、機内で調子が悪くなるなどは、避けなければならない。「ああ、もったいないなあ」という思いもあったが、静かにしていた。夕食はホテルの喫茶室で売っている、ここご自慢の可愛いピロシキとジュースやお茶を飲み、ひたすら眠った。

 午後9時過ぎ、まだ明るいモスクワの空を見ながら、”アア、元気ならば、いまごろシューラや俳優仲間と散歩をしているころ”だっただろう、と悲しい。
 でも「これはまた次に取っておきなさい」ということだと、理解した。そう、なんでも一度にやってしまうのは、いけないから。




 5月8日

 絶好調ではないが、昨日のようなどうしようもない不調でもない。シューラの家に寿司桶を取りに行き、お茶でもいただき、ゆっくりして空港へ送ってもらおう。
 シューラはきょうは「巨匠とマルガリータ」出演の日で、途中でお別れしよう。

 昼、マラトDが迎えにくる前に、ホテルの庭を散歩して、少し気温が下がって寒くなっていることを知る。今回は春の陽気が続き、天気は恵まれた。持ってきた厚手セーターもトランクの中にずっとあった。
 マラトDは、「大丈夫か。ほらおみやげだよ」と、琥珀をくださった。ありがたい、いつも親切にしてくれる。

 でも、だんだん口うるさくなっているけれど。

(写真*マラトDからいただいた琥珀)


 シューラの家に着いたがやはり車は気分が悪かった。「飛行機は大丈夫かしら?」と、ちょっと不安になる。

 熱があるわけでも、どこかが痛いわけでもない。「横になっていなさい」とソファーでお行儀悪く横になっていた。しばらく眠り、ターニャが作ってくれた、暖かい魚のスープとパン、紅茶をいただく。紅茶は各家庭や個人の好みがあり、シューラの家では、ぬるめの大盛り紅茶を出してくれる。
 彼らはもう知っているが、私は紅茶は、熱く濃くなければならない。お砂糖も入れない。シューラたちはお砂糖をたっぷり入れるので「砂糖なし」でお茶を飲む私を「どうしてだ?」と不思議がっていたのは、もうずっと前のことだ。
 
 お茶を飲んでいるときに、マラトがぐさりと私の胸を突き刺す言葉を言ってくれた。それは、以前も彼の口から出た言葉で、私は「そういう言い方はない」とシューラにも伝えたことがあるが…。
 拙い私のロシア語では、彼らにはわからなかったのか、はたまた彼らには、問題ある言葉ではないのか、お得意の冗談なのか…。すっごく嫌な気分となる。なぜ?そんな言い方をするのか!

 別の部屋に逃げて、私は泣いた。涙がぽろぽろと溢れ出てくる。そして、知っているロシア語単語を全部をつかって、自分がどれだけ傷ついているかを、驚いているシューラに伝えた。
 海外旅行中の緊張や疲労、いろいろ通じ合わないことなど、なにもかもが一気に噴出したわけだ。が、それらのすべてを解かして流すように、涙があふれ、言葉があふれるでてくる。怒りながら泣きながら出てくる言葉はひどいものだが、自分がこんなにロシア語が話せたのかと、どこかで驚きながら、でも、一生懸命だった。
 
 が、泣いたら、身体中の力が抜けていき、ものすごく楽になっていく自分がわかる。「涙は最高の癒し、我慢せずに流しなさい」と精神科ドクターが新聞に書いていたのを、ぽわんと思い出した。
 
 「サア、気分を直して、もう一度お茶を飲みなさい、冷たいジュースにするかい?」とシューラが絶妙のタイミングで、私を取り戻させてくれた。何にも知らない素振りのマラトDやターニャ。隣り部屋で私が泣いていたことを知らないわけはないのに、何もなかったように紅茶を入れてくれる。
 「冷たい物もあるよ」と大好きなクワスをいただき、「これは日本で売っていないからお土産で買っていきたい」と、マラトDに笑いながら言っている私。彼らの笑顔が、また私を優しくしてくれる。ありがたい。
 
 クチャクチャの顔を直して、大急ぎでトランクを作る。とんでもない経験があるから、20キロを越えないようにしなければならない。もう手馴れたもので鮮やかにトランクの鍵をかけ、特別ロープでしっかり十文字縛りはロシア男がふたりがかりで縛ってくれた。


 シューラとは彼のアパートの前の公園で別れた。「また、おいで、待っているよ。僕も日本(公演)に行くからね」。

 車は走リ出してすぐに止り、どうしたのかと思えば、マラトDが屋台の飲み物屋でクワスを買って「日本で飲みなさい」。感謝。
 さっきの、私の怒りのことを何も聞かないで、(でも、きっと知っていると思う)マラトは普段どおりに車を走らせている。
 

 空港へ着いたら、マラトDはすぐに「日本へ帰れないよ。どうする?」と笑いながら言う。成田行き飛行機の到着は、モスクワへの到着が遅れた。だから、出発時間は2時間から3時間遅れるとか…。一瞬「ユーゴザパド劇場へ戻って芝居を見ることができる」と頭をかすめたが、それは出来ない時間だ。遅れるならいっそうもっと遅くなれば、いったん戻って……と、勝手に思ったもの。

 マラトDに申し訳なくって、「どうぞ、帰ってください。私はひとりで待っているから」と言えば、「僕も一緒に待つよ。3時間なんてすぐだよ」。

 出発ロビーは混んでいるので、到着ロビーの長いすに座って待つ。「ビール飲んでおいで。僕はここに居るから」のお言葉に甘えて、ビールを飲みに行き、空港内をブラブラした。時間をつぶす日本人も多い。

 (写真*モスクワ空港内免税店で買った白熊。
        免税店の値段表示がユーロになっていた)



 座っていた長いすは花屋の前で、ロシアの花の習慣をマラトは教えてくれる。贈る花は奇数にすること、1本か3本贈るのが良い。もちろん奇数でたくさん贈るのも良い。
 私が旅の間持っているノートに

「Нельэя  четное число цветов 」
  (偶数の花は禁止だよ)

と書いてくれる。早く教えてもらうのだった、以前俳優シューラに贈った薔薇は10本だった!!。
 

 空港の案内は早口ロシア語で、いつもひっきりなしに案内をしているから、「東京」と聞こえたら注意しなければならないが、マラトDが聞いてくれるから安心だ。なんとなく話題も途絶えたとき、「東京へ行くよ」とマラトDが元気になる。「急げ」。

 予定では、午後7時25分発だった成田行きは、約2時間半遅れて午後10時ごろ出発となった。到着してすぐの出発だから、前の乗客のぬくもりが残っているのではないかと思われるほど、急いで座席を含めて機内を整えたことがわかる。

 客が乗ったら、すぐに「さあ、いくぞ」と、飛行機は飛び立った。
さよならモスクワ。でも、また来ますね。機内は混んでいたが、いつもどおりに、真ん中の座席並びの通路側で眠ったり本を読んだりしていた。

 成田も近づく頃、斜め前の日本人男性が持っていた「ロシアパスポート表紙カバー」のようなものが気になり、彼に声をかけたら、「おみやげ屋で買ったのですよ。はじめてモスクワに行ったけれどおもしろかった。たまたま出合った日本人男性が俳優修行に行っていたとかで、前の方に座っていますよ」などと、いろいろ話してくれる。 
 
 成田到着は、9日朝10時に到着の予定だったが、やはり遅れは取り戻せず、12時ちょっと前の到着で、またすぐにこの飛行機はモスクワへ飛んでいく。

 成田で、さきほど機内で教えてもらった「俳優修行をしていた」青年に声をかけた。なんと、城谷小夜子さん(和の輪)と知り合いだと言う。
 驚いた。私の最初のロシア行きのきっかけを作ってくれた小夜子さん10回目の旅の最後にまた登場してきたではありませんか。

 いろいろあったが、もうなにも苦しくも悲しくもない。大満足で帰ってきた。

この旅は、繰り返し訪れる私のモスクワへの旅の、“新しいステージ”へ私を引き上げてくれたような旅だった。出会ったすべての人々に感謝いたします。ありがとう。