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ロシアの旅(1回目)
1997年6月8日〜15日
ヘルシンキ・サンクトペテルブルク
女優・西宮小夜子さんに誘われて
あるひとりの女優と出会ったことが、私をロシアへ行くチャンスを与えてくれた。
当時は前進座所属の女優西宮小夜子さん(現在は、
和の輪 城谷小夜子さん
)のひとり芝居を東京で見たのは、92年秋のことだった。会場にあった1枚のハガキに感想を書き女優に送った。すぐに返事をもらい、以後ときどきこの女優は私に便りを送ってくれた。
名古屋公演の時、はじめてお会いした。「前進座ではなく、自分でロシアのサンクトペテルブルクへ行って公演をしてきたが、京都のような町で好きなの」と熱く語られた。その夜、私は世界地図で「サンクトペテルブルクはどこにある町か」と探した。
大きなロシア国の西の町へ、将来自分が行くなどとは、夢にも思わなかった。
97年が明けてしばらくしたとき、女優から「サンクトペテルブルク演劇大学へ講義に行きます。教室をのぞきにいらっしゃいませんか?」と、ツアー日程や予算などが書かれたプラン表が届いた。とても行きたいなあと、ピ〜ンとくるものがあり、友人の愛ちゃんに声をかけたら、「私も行きたい」と即返事をくれる。
二人でツアーに参加することを決めた。女優は大喜びで「私は先に行って待っているからね。狂言師茂山さんといっしょに来てね」。女優は、先に演劇大学の学生達に日本伝統芸能授業を教えに行くという。私たちは初めてのロシアの旅をのんびりと楽しもう。が、どうものんびり楽しめそうにもないような、といって普通のツアーでは体験できないような旅となりそう。出発前に、女優から「原稿用紙とフイルムを持ってきて」と連絡が入った。さて、どん旅となるのでしょう。
ヘルシンキは、青い空
1997年6月8日(日)
ツアー参加者は女性8人と
狂言師茂山あきら
さん、アメリカ人で茂山さんのお弟子さんジョナさん
。添乗員は宮島さん。事前に
旅行会社
から「寒いです。セーターなど忘れずに用意を」と注意されたが、到着したヘルシンキは、暖かい。
ヘルシンキ空港内の床は木製で、温かく迎えれられていると思う。そして、静かなことにとても驚く。
ホテルも湖に隣接し、静かで美しい。なんだか夢の世界。白夜の季節で、午後11時を過ぎても外は明るい。というか、夕焼けがずっと長く続いている。
ホテル周辺や町を歩く。ヘルシンキ中央駅舎内もなぜかとても静かだ。いつも喧騒の中で生活していることを知る。
(写真*ヘルシンキ中央駅前広場で)
ロシア入国
6月9日(月)
フィンランドの美味しい乳製品をホテルの朝食で確認し、感動する。牛乳が甘く濃くしっかり味を持ち美味しい。いつも日本で飲んでいるあれは何?ヨーグルトもチーズも気に入る。
すぐにサンクトペテルブルクへと、飛行機で飛ぶ。また、帰りにもヘルシンキに寄ることになっているから、未練なく、はじめてロシア入国に期待している。
飛行機で1時間。なのに、まるでまったく町の様子が違う。空は同じ青い色で、木々も同じ緑色なのに…。目の前にあるすべてのものが、大きいこととに圧倒される。これがロシアなのか…。
空港近くのレストランで西宮さんと再会を喜び、塩ラーメンのスープに餃子を浮かせたものを食べる。あとで、ロシアの名物料理ペリメニだと知った。
ペテルブルクも暑いほど。町の公園や広い通りには、ライラックの花が咲いている。が、私はきょろきょろすることで忙しい。それと乾きすぎた空気とたくさんの車の排気ガスに、また驚く。
町をバスでめぐり、あちこちで降りたり歩いたり。はじめて成田で会ったツアーメンバーの名前とお顔も一致しはじめてきた。
宿泊ホテルは、また巨大な「モスクワホテル」。フロントから6階の私たちの部屋へは、
6分
もかかる!良い運動と言えばそうだが、大きさにただ驚く。
夕方から、ペテルブルクの超有名なマリンスキー劇場へ。バレエ「白鳥の湖」を観る。劇場の中は、あまりにも豪華で、なんだか私が居るべきところではないような気分だった。
しかし、この劇場のトイレは、なんだあ!!ドアは傾き、壁ははがれ、手洗いシンクや蛇口はもう何十年も働きすぎてしまったようなもの。ああ、あの舞台とのギャップはなに?
「白鳥の湖」は、白鳥があんなに大勢舞台に登場し、みんな美しく、ジャンプは高く…。舞い上がったまま外へ出れば、白夜の美しさ。空気の中に白いベールが編みこまれている。もちろん、産まれてはじめて経験する美しい夜。
サ
ンクトぺテルブルクを走る
6月10日(火)
きょうは、有名なエルミタージュ美術館へ。膨大な展示品を鑑賞するには、数日を要すと言われるところを短時間で観ようという、ガイドのマリーナさんは「ここは上手に歩いて限られた時間の中でたくさんの美術品をみてください」とすごく熱心に、私たちを案内してくれる。
ここの展示物のひとつを、日本へ持ってきて展覧会を開けば、それだけで、長蛇の列ができるような有名な絵画・彫刻・宝飾品などが、次から次からへ歩く度に目の前に並び、もう私はヘトヘトとなる。
昼食は美術館から近くのレストラン。夜はにぎやかな溜まり場にでもなるのだろう。店内のネオンが派手に昼間から輝いている。コーヒーカップの取っ手がポロッと取れてしまった。お店を出てからスカーフを忘れたことに気がつき、走って戻っりあせった。
次に観光したペトロハブロスク要塞。強い陽射しに、私たちは閉口していたが、こちらの人々は冬に太陽を浴びられない分を取り戻すように、日光浴を楽しんでいる。
今夜は西宮さんが宿泊しているアカデミー用意のアパートへ行き、夕食後、演劇アカデミーの学生の発表会劇場へ行く。なかなか強行軍です。でもただ用意されたとおりに歩くしかない。
(写真*演劇アカデミー)
学生の作品は、岡本綺堂作「尾上伊太八」という作品。アカデミーの教授と学生達(15人くらいかな?)とが、半年以上をかけてつくりあげてきたものと言う。着物を自分達で作ったとか。西宮さんが、日本から着物と着物用小道具を集め、学生達に贈りたいと言っていたのは、こういうわけだったのか。
不思議な黒い舞台と一生懸命の学生達が、着物を着て日本舞踊を踊り、刀を振り回す。日本の題材をロシア語芝居にしている、驚く。舞台上の学生たちのエネルギーはどんどん伝わってくる。
ツアーメンバーは、舞台終了後、劇場近く、ネフスキー大通りのにぎやかなビアホールへ行く。グラスビールが、380円。その後乗った地下鉄が、どこまで乗っても30円。
巨大ホテルのロビーから部屋まで、遠い。きょうも走り回り疲れたきった足を引きずり、「もっと近くの部屋が良いなあ」。部屋に戻るなりベッドに倒れこみ、「大きいことも、ほどほどにして欲しいものだ」と、愛ちゃんと語り合い、窓から見えるネヴァ河の遅い夕暮れを見ていた
また、走る
6月11日(水)
ソ連時代は閉鎖されていた歴史的建物のひとつユスポフ邸宅へ行く。歴史的建物はこれから、どんどん修復されていくだろうとガイドは言っている。ここもあちこち工事をしながら公開もしている。が、またまた大きな建物に驚愕しているちっぽけな私は、あたふたして、ガイドの後ろをついて行くだけ。
ここからバスで、「夏の宮殿」へと行く。きょうも暑い晴天で、風も気持ちが良い。みんな元気でなにより。噴水公園は皇帝たちが夏に遊ぶために造って遊んだところとか。う〜む。やることも大きい。きょうも夕方は舞台見学が予定されている。今夜は着物を着る。余裕を持ってホテルへ早く帰りたかった。
夕方、巨大ホテルの中をまた、走る。「いやだなあ」とあせるばかり。今夜は日本領事館主催の「日本伝統舞台芸能の夕べ」。西宮さんのペテルブルク滞在にあわせて、また狂言師茂山さんの訪露に合わせて日本領事館が企画したものと言う。
バスで送られて着いた大きな建物の中の小さな劇場は、「私たち日本に興味をいっぱい持っているのです」と体中が物語っている地元の老若男女がいっぱい。着物を着ている私の足袋を不思議そうに見るおばあちゃんや、袖にそっと触れて引っ張って笑っている女の子。私たちには日常風景。でも彼女たちは、見るのも触れるのもはじめてなんですね。
舞台では、狂言師茂山さんとアメリカ人お弟子さんが演じ、西宮さんが着物の着付けや歌舞伎化粧を通訳つきで見せる。
演劇アカデミーの学生たちも西宮さんの指導の日本舞踊や殺陣回りをみせてくれる。昨日もきょうも、演劇大学の学生たちの優秀さに驚く。短時間の授業で、こんなに集中して覚えたことに拍手です。
終演後は大勢で、狭い部屋で打ち上げパーティ。学生たちとなんの交流もできない。だって、
ロシア語がまったくわからない
のですもの。悔しいなあ。
買い物に出かける
6月12日(木)
町へ地下鉄で出かける。ネフスキー大通りは人が多く、ぶつかりながら歩いている。「スリに十分に注意してくださいね」と添乗員からなんども注意を受ける。
(写真*深い地下鉄駅、片側は動かず)
町の
ロシア語文字はなにも読めない
から、何のお店かもわからず、ましてやひとりで買い物もできないし…。みんなでゾロゾロ歩くだけだった。
昼食は中華料理店。冷えたビールが美味しかった。ロシアでは「冷やす」という文化がないと聞く。「こんな冷えたビールを用意しているのは珍しいです」と添乗員さん。そう言えば、ビールもあまり美味しいものに出会っていないなあ。
午後は演劇アカデミー内部を見学した後に、町をめぐる。
(写真*20組。一番小さいのは米粒くらい)
明日はもうサンクトペテルブルクを離れる。おみやげを買いに行く。私は、本物のマトリョ
―シュカが欲しかった。本物とは作者の名前が入って、薄く削られてたくさんの人形が入っているもの。町なかのテント露店でほしかったそれに出会いうれしかった。日本円で8000円ほど。ちょっと高いがこれを希望していたことだから良いのです。
(写真*マトリューシカ底面。作者クリンク、セルギエフパッサード市で1997年作 20組と書いてある)
夕方からは、またマリンスキー劇場へバレエ「眠れる森の美女」を観に行く。なんと2階正面のバルコニー席が用意されていた。みんなで驚いてしまった。最高の席です。西宮さんが演劇アカデミーの教授経由で手配をしてくださったチケットで、バスの送迎つきで80ドルは格安です。
バレエは最高です。ただ私にもっと知識があればもっと楽しめるのになあと、そればかり思っていた。「ああ、こんな贅沢をしているのに、通り過ぎていく景色のようなものとなっている、ああ、もったいない」。ステキな夜に感謝して、白夜の夜をまた舞い上がって、巨大ホテルの廊下をきょうはゆっくり歩いた。
長距離バスの旅
6月13日(金)
きょうも晴れ。つまりペテルブルクではずっと晴天で、旅行社の出発前の「寒いですよ」は見事にはずれたわけで、「どこが寒いのよ…。セーターが着たかったわあ」とみんなで大笑いした。
長距離貸切バスでヘルシンキへ向かう。飛行機チケットが取れなかったからだが、おかげでとても珍しい旅行ができる。ロシア人運転手はふたり。700キロを運転して、彼らはまた、ペテルへ戻ってくるのだから。所要予定時間は7時間。途中昼食休憩と適当にトイレ休憩を取るという。ただし、トイレは大きな大地の茂みですって。
豊かな森と湖が点在するまっすぐ通る道路をバスは、走る。途中のドライブインで昼食。まっかなボルシチは赤蕪の色と香りがちょっと強烈だが美味しい。
しばらく行くとロシア→フィンランドへの国境越えは、バスの中に係員が乗り込みパスポートをチェック。「これでロシアを出たの?簡単ね」などと言っていた私たち。
でも、それは大きな間違い。しばらく走って突然現れた何も色のないような建物の手前で降ろされて、税関審査。何にも申告物はない。パスポート・コントロールでは、なにか前に居るカップルがトラぶっているようで、彼らと係官、係官同士もなにやら大きな声で、怒ったり笑ったりしている。何を話しているのだろう…添乗員宮島さんはロシア語やりとりの一部始終を理解しており、あとでその顛末を教えてくれた。
さて、しばらく待たされた私たち。つい、私は、サングラスをかけたまま、窓口の前に立ったら怒られた。「○▽×?!!」。でも、わかったが恐かった。だって、大きな身体でこわ〜〜い顔をしている男たち。国境警備隊なんだから、デレデレしていられないよね、とバスの中で、私たちは笑いながら盛上がった。国境越え大騒動だった。
フィンランド側の入国審査は、とても簡単だった。ここでもサングラスをついうっかりかけていた私だったが、すんなり入国を許された。
国境を越えたら急に道は広くなり、大地が豊かになり、自然が優しくなった。ロシアでは、国境に国民さえも、人を寄せ付けることを許さなかったからか?荒涼としたロシアの大地をどんどん後ろにしてバスは快適に走る。
バスの中は明るく爽やかな風に吹かれて、とってもみなにぎやかで、すごく楽しい旅となっている。ヘルシンキ市内でバス運転手は迷ってしまったが、ちょっと前に歩いて私たちが「こっちだよ」「あそこだよ」と道案内をして、予定より早くバスはホテルへ到着した。快適なバスの旅を作ってくれたロシア人運転手二人と笑顔でわかれて、先日泊まった湖のほとりのホテルへ。旅最後の白夜を楽しんだ。
置いていかないで
6月14日(土)
フィンランドサウナを楽しむ。暑いのだけれどすごく気持ちが良い。ロシアでは、忙しくって満足にお風呂に入らずシャワーをさっさと済ませていたので、サウナで、旅の汚れがみんな落ちたようだ。みんなもすごく気分が良いようで「帰りたくないねえ」と連発している。
ヘルシンキ空港出発までの時間を、観光バスで市内観光をする。ヘルシンキは大きなが岩盤の上に出来た都市で、地震
もないし、町のあちこちにむき出した岩盤を利用した建物などが多くあるという。
フィンランドの偉大な作曲家シベリウスのモニュメントを置く公園も、静かで緑が多く、広く気持ちが良い。ところどころ岩盤の上を歩く。
港近くのロシア正教教会では、シンプルな結婚式を見せていただく。途中のおみやげ屋でみんな買い物をする。
私はここで、素晴らしい猫石に出会い、5個も衝動買いをする。「石を買っちゃったあ」と言えば、みんなが笑ったが、でも「良いものを見つけたね」と誉めてくれた。
釣具のルアーを頼まれていたので、ひとりで大きな釣具店に行く。とても親切な店員が、私の不自由な英語を補ってくれて、欲しいものはしっかり買えた。ただ、消費税が22%には驚き、決して安いルアーではなかった。消費税の還付手続きで、空港で17%を現金で戻してくれるが…。
次に訪ねたテンペリアウキオ教会…またの名を石の上の教会…。
なんという素晴らしい気が流れて、いることか。岩盤の
地形を利用して、岩の中の教会なのだが、すっごく暖かく、優しい風が吹き、静かで…。ぜひ、もう一度ここへ来たいと、そこに居る間に思っていた。
(写真*もう一度行きたい 石の上の教会)
昼食は町なかの中華料理店。ここへは、西宮さん、茂山さん、お弟子さんの3人も合流することとなっている。広場で「土曜市」が開かれており、興味があったが、時間がないということでいけなかった。そして、この旅ではじめて雨がポツリポツリと降ってきた。
中華料理店に入るときにすでに、方向が理解できず、注意力が欠落しており、と、いうのも、その「土曜市」に行く時間はないのかと添乗員に詰め寄りながら歩いていたからだが……。
食事を終えて、トイレを済ませて店の外に出たら、あら、みんなは居ないし、バスも居ない。あれれ?置いていかれてしまったのか??バスは店の前に止まったハズだが…。
さて、どうしたものか?しばらくその場所で待つ。
幼い頃混雑する名古屋駅で迷子になり、すごく恐い思いをした。その時、探し回る母親と“偶然”出会えて助かった経験がある私は、迷ったら動かない、と学んでいるので、動かなかった。
添乗員とガイドが走ってこちらへ向かって来るのをみつけて、ホッとした。「バスは裏に止まっていますよ。降りた位置ですよ」。「エッ!店の前で降りたでしょ?」。みんなは大笑いしている。
6月15日(日)
帰りの飛行機中で、このツアーで知り合った横浜のMさんとずっと話していた。Mさんの叔父さんは、ファインランドの叙事詩「カレワラ」=それは膨大な量のものを翻訳し、1937年に出版し、日本にはじめて「カレワラ」を紹介した人だと教えてくれる。その功績はファインランドでは高く評価され「白薔薇一等勲章」を贈られた叔父さんだと言う。このMさんの博識と暖かいお人柄に惚れ惚れし、とてもステキな人たちとめぐり合ったことに感謝する。
(写真*フィインランド航空 ちょっと見難いが ムーミン機体)
降り立った成田は蒸し暑く、成田から東京駅に向かうのが、この旅で一番疲れたことだった。
帰ってから
ヘルシンキの印象が強くって、サンクトペテルブルクは「なにもかもが大きい町だった」という印象のみが残っている。ヘルシンキ・フィンランドをもっと知りたくって、関する本をいくつか読んだが、夏と冬ではまったく違う町となるという記述に驚く。私たちが訪問したのはベストシーズンだったから、「なんてステキな町だろう」とポワ〜〜ンとしていたが、冬は暗く寒くとても日本人が「ステキな町」なんて言えるところではないことを知る。自殺者もアル中も多いとも。でも、旅人はベストシーズンの印象を持っていれば良いのです。良い美しいところを観た幸福に感謝すれば良いのです。
ロシアへ入国はした。という記録があるだけの、はじめてのロシア旅行だった。そして、以後何度も訪問する国となるとは、まったく思いもしなかった。それでも、演劇アカデミーやマリンスキー劇場を訪れたのは、やはり今後に続くはじまりの一歩だったのでしょう。