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  ロシアへ贈ろう扇たち

 
2000年7月エレーナとの出会い
     


 エレーナさんとの出会いも面白い


 2000年7月の私には3回目のモスクワの旅に出る前、西宮小夜子さん(現・和の輪 城谷小夜子さん)へ電話をした。「サンクトペテルブルクへも行って来ます」と伝えれば、「ぜひ、エレーナさんに会っておいで。ペテルブルクのなんたら博物館の扇の研究をしている人だよ」と小夜子さん。

 いろんな話しの中での、「エレーナさん・扇・博物館」をメモしていた私は、まだ見ぬエレーナさんに「会いたい」と決めた。
 詳しいエレーナさん情報をと、小夜子さんに依頼したものの、彼女もロシアバイカル湖近くのウランウデ市へと出かける準備で超多忙だった。

 出発までエレーナさん情報はもらえず、そのまま出かけた。私たちの通訳・Sマラトは、西宮さんの通訳の仕事を終えてから、モスクワ入りをしてくれるので、なんらかの情報をもらってきてくれたようだ。

 サンクトペテルブルクへ着いてすぐに、「国立民族学博物館」へ行く。というか、Sマラトに連いて行く。「エレーナという名前は、いっぱいいるのですよ。それだけで探せるハズがないです」とSマラトは言う。が、がんばって、とうとう エレーナ ヤンコフスカヤ の自宅電話を博物館から教えてもらい、会えることとなった。
 
 「『きょうは休日で家にいるから、家に来て下さい』と、エレーナが言っているから行きましょう」。
 これもご縁。日本人女性4人と通訳はまだ見ぬエレーナさんの自宅をめざした。
 
 『昨日までモスクワに出張していました」と言う彼女は、押しかけの私たちを大歓迎してくださる。私たちは、お土産に扇子やうちわ、お人形などをおみやげをお渡しした。途中で買った花束も。

 Sマラトの通訳でなんとか話しがはずんでいるような気持ちだったが、ほんとのところ、おしゃべりな日本人女性4人があれやこれやしゃべるのでマラトは通訳をどこまでしたのか?

 日本人にはあまりにも日常のうちわや扇子がこうも、外国で興味をもたれ、研究の対象になるとは、驚いた。エレーナの仕事は修復家であり、修復しながらその物が使われていた時代と生活を研究しているという。扇は貴族女性のおしゃれには欠かせない持ち物となって、いくつかがロシア国の文化財にもなり博物館・美術館にある。

 エレーナは、「扇のはじまりは日本から。私はとても日本に興味がある。日本の扇にも興味がある」と熱烈に話す。ただ、「ふーん」と聞いていたわたしだった。

 そして、彼女は「もっと日本とサンクトペテルブルクと交流しましょう」と熱く語る。私の頭の中には、それがどんなものなのか、まったくわからずただ、熱いエレーナを見ていた。でも、なにかが私の中でモゾモゾと、動き出した……。


  日本で集める
 日本へ戻ってからあたりを見渡せば、夏の真っ盛りで、どこにもだれもが、うちわや扇子を持っており、「エレーナが欲しいといっていたものが日本にはこんなにたくさあるのだから、送ってあげよう」。簡単な気持ちで、あちこち呼びかけたら、集まる、集まる。驚いてしまった。


  整理する
 しかし、集まったものをただ贈るだけでは、なんとも技がない。1泊2日でマラトの下宿へ出かけて、北九州からのあこちゃんにも手伝ってもらって、細かい整理をして、送った。


  また、もう一度取組む
 エレーナに送った以降もまた、我が家には届くうちわたち。それに、私自信も多いに興味を持ち、もっと知りたくなった。
 2度目の呼びかけをする。
 うちわを見に行く、求める旅にも出た。


  展覧会も行う
 やはり、日本人にこの美しさを再認識して欲しい、
三重県熊野市天女座を借りて、集まったうちわや扇子・扇を飾り
2001年11月の1ヶ月間「ロシアへ行ってらっしゃい扇たち」という題名で展覧会を開いた。


  貴重なうちわ類は、手渡ししたい、大事に飾っていただきたい。モスクワの旅でエレーナに会って、手渡しをした。


  エレーナの仕事に、日本からの贈り物は十分に活かされている。サンクトペテルブルクで、2度大きく展覧会を開き、将来はモスクワでも展覧会を開く計画だと言う。